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登校した瞬間、空気が違った。
露骨な暴力は、少しだけ減っていた。
殴る、蹴る、そういう“分かりやすい地獄”は影を潜めている。
その代わり――
完全に、扱われなくなった。
挨拶は返らない。
机は、少しだけ離されている。
プリントは、回ってこない。
誰も「来るな」とは言わない。
でも、来ていること自体が間違いみたいな配置だった。
(……ああ)
遥は、静かに理解する。
(これは、終わらせるやつだ)
殴られるより、慣れている。
幼い頃から、何度も経験してきた。
「存在してないことにされる」
そのほうが、長く効く。
日下部は、前よりも話しかけてくるようになった。
昼休み、
放課後、
人の少ないタイミングを選んで。
「……今日、どうだった」
その聞き方が、遥には少し重かった。
(どうだった、って)
“耐えられたか”を確認されている気がした。
無意識だと、分かっていても。
「別に」
遥は、いつもそう答える。
日下部は、それ以上踏み込まない。
踏み込まないことが、
優しさだと思っている顔をしている。
(……それでいい、って顔だ)
遥は、心の奥で少しだけ冷えた。
教室では、席替えがあった。
遥の席は、窓際の一番後ろ。
周囲一マス、空いている。
誰かが小声で言った。
「そこ、危ないからじゃね」
「触ると面倒なやつ」
笑い声。
日下部は、その場にいなかった。
だから、知らない。
知らないまま、
放課後に言う。
「今日は静かだったな」
悪意はない。
でも、遥の中で、何かがきしんだ。
(……静か=マシ、なんだ)
「……そうだね」
そう答えながら、
遥は、自分が“状況を良く見せる役”に回っていることに気づく。
心配をかけないため。
これ以上、切られないため。
帰り道。
日下部が言う。
「無理しなくていいから。また、ああなる前に」
“ああなる前”。
その言葉が、遥の胸に残った。
(……もう、なってるんだけど)
今は、声を上げないだけ。
壊れていないふりをしているだけ。
でも、言えない。
言えば、
日下部は困る。
自分の立場が、また曖昧になる。
(俺は、助けられる側じゃない)
そう思い込もうとする。
その日の夜。
ベッドに横になりながら、遥は考える。
(学校に、俺がいる意味)
答えは、すぐ出る。
ない。
でも、
「いなくなったら楽になる人が多い」という考えは、
日下部に止められた。
だから、今はこう言い換える。
(……“いなくても困らない”)
そのほうが、現実的だ。