テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
放課後。
校舎裏の渡り廊下は、人気がなかった。
日下部は、用事を終えて戻る途中だった。
階段の踊り場で、ふと足音が重なる。
「日下部」
呼ばれて振り返ると、蓮司が立っていた。
手ぶら。
急いでいる様子もない。
「今、帰り?」
「ああ」
それだけの会話。
以前と変わらない距離感。
沈黙が一拍、置かれる。
蓮司は、校舎の外をちらりと見てから、
本当に何でもないことみたいに言った。
「ちゃんと、間に合った?」
日下部は、言葉の意味を測りかねて瞬きをする。
「……何に?」
蓮司は、少し考える素振りをしてから笑った。
「いや」
軽く、曖昧に。
「最近、いろいろあっただろ」
“いろいろ”
そこに、具体的な言葉は一切ない。
でも――
日下部の中では、ひとつしか浮かばなかった。
屋上。
あの日。
手を伸ばした瞬間。
「……ああ」
短く答える。
蓮司は、それを聞いて満足そうだった。
「そっか」
それだけ。
確認が終わった、という顔。
「なら、いいや」
それ以上、踏み込まない。
励ましもしない。
評価もしない。
ただ、事実を置いていく。
「無事でよかったな」
誰が、とは言わない。
そう言って、蓮司は先に歩き出した。
日下部は、その場に残った。
(……今の、何だ)
問いが浮かぶ。
(“間に合った”って)
(まるで――)
そこまで考えて、首を振る。
(考えすぎだ)
(蓮司は、そういう言い方するだけだ)
そうやって、自分で打ち消す。
でも、胸の奥に残る。
あの言い方。
あの間。
あの「確認した」ような目。
(……偶然、だよな)
そう思いたい。
思いたいのに、
なぜかその言葉が、何度も引っかかる。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!