テラーノベル
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雑談は戻っていた。
笑いもあるし、さっきのことを引きずっているようには見えない。
けれど、遥の周りだけが、わずかに密度が違う。
触れられていないだけで、終わっていない。
「なあ、ちょっと」
後ろから肩を叩かれる。
軽い音。
でも、その一回で十分だった。
遥は立つ。
指示はそれだけ。
教室の前、黒板の近く。
さっきと同じ位置に連れて行かれる。
誰も大きな声を出さない。
騒ぎにはしない。
ただ、席の向きが少しずつ変わる。
意識が集まる。
「さっきのやつさ」
誰かが言う。
説明はない。
全員分かっている。
「言い方とかじゃなくてさ、ああいうのって残らないじゃん」
軽く言う。
雑談みたいな調子で。
でも、そこに結論は含まれている。
「だから残すわ」
短い一言。
誰も否定しない。
遥は、何も聞き返さない。
聞き返す段階じゃない。
「ほら、手出せ」
前に立っているやつが、顎で示す。
理由は言われない。
でも、意味は分かる。
遥は、手を出す。
一瞬だけ遅れる。
その遅れで、空気がわずかに冷える。
すぐに伸ばす。
机の上に置かれる。
「動かすなよ」
その言い方は穏やかだった。
だから逆に、逆らえない。
次の瞬間、音が鳴る。
乾いた音。
定規か、硬い何かで打たれる。
一発。
強すぎない。
でも、軽くもない。
「分かる?」
聞かれる。
答えは待たない。
もう一発。
同じ場所。
同じ音。
同じ強さ。
「言葉だとさ、どうせすぐ戻るじゃん」
三発目。
少しだけ位置がずれる。
逃げようとしたわけじゃない。
それでも、ズレとして扱われる。
「そういうとこ」
今度は、少し強くなる。
反射的に指が動く。
すぐに押さえられる。
横から手が添えられて、逃げ場が消える。
「ほら、ちゃんと固定しろよ」
周りから声が飛ぶ。
笑いは混じらない。
作業の確認みたいなトーン。
遥は、手に力を入れる。
動かないように。
自分で押さえる。
その状態を見て、もう一発。
音が重なる。
さっきより、響く。
「いいじゃん、そのまま」
淡々と進む。
数を数えるやつはいない。
でも、終わりも決められていない。
「自分で止めるなよ」
言われる。
止める権利はない。
ただ受ける側。
また一発。
今度は間を空けない。
連続で来る。
同じ場所に重ねる。
痛みが広がる。
でも、それより先に理解が来る。
(足りてない)
まだ終わっていない。
ふみ
2,589
「な、こういうの残るだろ」
言葉が、後から乗る。
「さっきの一言より、よっぽど覚える」
周りが小さく反応する。
肯定の空気。
遥は、手を引かない。
引けば、増える。
分かっている。
だから、そのまま置く。
自分で。
指先がわずかに震える。
それも抑える。
抑えきれない分だけが、残る。
さらに一発。
さっきより強い。
音が少し大きくなる。
「今、何でこうなってるか分かる?」
問いが来る。
手はそのまま。
逃がさない状態で。
遥は、息を整えて言う。
「……俺が、ズレたこと言ったから」
「それだけじゃねえだろ」
すぐに返る。
「流れ壊して、しかも修正しなかったからだろ」
補足が入る。
逃げ道を削る形で。
遥は、続ける。
「……周りに合わせなかったから」
「そう」
短い肯定。
それで、また一発。
今度は、間を置いて。
意図的に。
記憶に残すために。
数秒、止まる。
誰も動かない。
「もういいんじゃね」
誰かが言う。
判断が落ちる。
それで終わりになる。
手が離される。
遥は、すぐには引かない。
勝手に引くと、また何か言われる可能性がある。
一拍置いてから、ゆっくり戻す。
赤くなっているのが見える。
でも、見ない。
視線を上げない。
「次、同じことやったら分かってるよな」
軽く言われる。
脅しじゃない。
確認でもない。
“続きがある”という事実だけが置かれる。
遥は、小さくうなずく。
それで十分と判断される。
空気が解ける。
席が元に戻る。
会話が再開する。
何もなかったみたいに。
遥も席に戻る。
ノートを開く。
ペンを持つ。
少しだけ握りづらい。
でも、それは理由にならない。
(残った)
思考が、そこに落ちる。
さっきの言葉より、はっきりしている。
どこで間違えたか。
どうすればいいか。
全部、感覚で残る。
(次は間違えない)
その結論だけが、静かに固まる。
コメント
1件
うわ、これ読んでるだけで手のひらがじんわり痛くなってきた……。“残す”って発想、怖いほどリアルだわ。言葉じゃなくて感覚で覚えさせるって、理屈抜きで効くよね。遥が「自分で手を置いてる」ところが特に刺さった。逃げ場がないのに、逃げないって選択してる。次は間違えない、って落ち着くラスト、めちゃくちゃ静かな闘志を感じた🔥