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机の下に隠した両手は、震えていた。
見られていないはずだった。いや、見られていることすら、もう意識からこぼれていたのかもしれない。蓮司の足が、机の下から遥の膝に触れたとき、遥はびくりと身体を引いた。だが、逃げきれない。そこに、出口などない。
「なに震えてんだよ、別にまだ何もしてねえじゃん。……お前が勝手に、そう思ってるだけだろ?」
蓮司の声は低く、ぬるく、湿っていた。
遥は唇を噛み、何も言えなかった。何を言っても無駄だと、もう知っていた。いや――言葉が、喉の奥で腐っていた。
「俺さ、お前のこと、“誰かに見せたくなる”時があるんだよな。わかる? ちょっと可哀想で、ちょっと可愛くてさ。……でもやっぱ、自分だけのモンにしときたいっていうか」
手が伸びてくる。首筋にかかる髪を払うように、指が這う。
その瞬間、遥の背中が、電気のように跳ねた。だけど逃げない。いや、逃げられない。蓮司の目が、逃げるより速く、自分を抑え込んでいた。
「やっぱお前、あの時から変わってねえよな」
唐突に、頬を叩かれた。
音は、ぱしん、と軽かったが、痛みはそうではなかった。遥の頭が少しだけ揺れ、机の脚が頬に当たりそうになる。
「……ほら、泣けよ。どうせすぐ泣くんだろ。あの時みたいに。顔歪めて、鼻すすって、わかりやすく潰れてくんの、好きだったんだよ」
蓮司の言葉は、どこか懐かしそうですらあった。遥は黙っていた。頬の火照りが熱に変わり、目の奥がじんじんと痛んだ。
「ほんとにさ。なんで生きてんの?」
言葉より、その目の方が冷たかった。まるで、殺す必要すらないと言っているような目。存在そのものを嘲るようなまなざし。
「もう壊れてると思ってたのに。……案外、しぶといんだな」
蓮司は立ち上がり、遥の顔のすぐそばにしゃがみ込む。膝をついた拍子に、机の下の狭い空間に、ふたり分の空気が押し込められる。吐息が混じり合う。逃げ場がない。
「お前さ……俺がどこまでやったら、潰れると思う?」
それは問いではなかった。宣告だった。