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それから、夏帆は仕事に集中していた。
紗英と再会したことで思いがけない展開となり、夏帆の闘争心はむくむくと力強く膨れ上がっていた。
――絶対に負けたくない。負けてたまるもんか!
その気迫は仕事にも向けられ、夏帆はいつも以上に全力で業務に取り組んでいた。
新しい職場は居心地がよく、嫌な人間もいない。
できる人間の集まりというのは、足の引っ張り合いなど皆無で、むしろ困っているとすぐに手を差し伸べてくれる。
前の会社は一体何だったのかと思うほど、どの社員も有能で、清々しいほどさっぱりしていた。
そんなとき、とあるテレビ局から電話が入った。
内容は、夜の経済番組に透也をゲスト出演させたいという依頼だった。
夏帆は電話を保留にし、隣の席の美利に尋ねた。
「スターテレビさんからCEOに出演依頼が来たのですが……どうしましょう?」
「あ~、テレビは全部NG! 前に出たときひどい目に遭ってから、全部断るように言われてるの」
「ひどい目……?」
「そう。家までストーカーが来ちゃって、大変だったのよ」
その言葉を聞いた瞬間、昨日の紗英の姿が脳裏に浮かんだ。
――あれこそ、まさにストーカーではないだろうか。
「とにかく、断っておいて」
「分かりました」
夏帆は電話に戻り、丁重に出演依頼を断った。
昼休み、夏帆はひとりで外のカフェにいた。
昨日までは気づかなかったが、会社から少し歩いた裏通りに、お気に入りの“moonbacks coffee”を見つけたのだ。
店内を見渡すと、知った顔はひとりもいない。
ここは、これから夏帆のオアシスになりそうだった。
カフェラテを飲みながらサンドイッチを食べていると、ふと今度の土曜日のことが頭に浮かんだ。
(それにしても、あの女にお昼までごちそうする必要ってある? そこまでしなくても……)
そう思いながら、またひとくちサンドイッチをかじった。
そのとき、入口に見覚えのある顔が見え、思わず姿勢を正した。
「夏帆ちゃん、やっほ~」
透也がコーヒーを買いながら、振り返って手を振った。
「中条さん!」
夏帆は驚いて声を上げた。
会計を終えた透也は、コーヒーを持って夏帆のテーブルへやってきた。
「今日のお昼ここなんだ」
「はい。中条さんも?」
「ううん、俺は朝が遅かったからコーヒーだけ。このあと外に出るから、ちょっと一息つこうと思ってさ」
夏帆は会社に入ってから、透也の活躍ぶりを近くで見てきた。
それは、想像以上にすさまじかった。
地方への出張、営業、工場視察、会社巡り――少しでも余裕があればすぐ予定を入れる。
そして夜勤も多い。
そんな透也のスケジュールを見た夏帆は、相当な体力がないと務まらないだろうと思っていた。
それと同時に、彼の健康が心配になる。
(お昼抜きなんて、大丈夫なのかな……)
秘書として当然の思いだった。
前の会社でも、働き盛りの社員が突然入院したり、急に亡くなったりするのを見てきた。
だから余計に心配だった。
おまけに今週は紗英のせいで、休日に余計な予定まで入れてしまった。本当に申し訳ないと夏帆は思う。
「それより、いよいよ明後日だね。明日の夜は、いろいろ準備しないと」
「準備?」
「そう。君の物を俺の部屋に持ってこないと。細かいものは当日でもいいけど、大きなものを移動するなら明日の夜やっちゃおうよ」
「大きなもの……ですか?」
夏帆はきょとんとする。
すると透也はコーヒーをテーブルに置き、真剣な表情で言った。
「あのね、夏帆ちゃん。彼女を騙すなら、徹底的にやらないとだよ」
「はあ……」
「鋭い女みたいだからさ。ちょっとでも疑われないようにしないと! これ、鉄則!」
「……はい」
ぼんやりしている夏帆を見て、透也がくすっと笑った。
「おいおい、夏帆ちゃん、大丈夫?」
「え? 何がですか?」
「彼女をギャフンと言わせたいんだろう?」
「も、もちろんです」
「だったら真剣に取り組まないとだよ」
「ええ……でも、大きなものって、家具まで運ばないといけないんですか?」
「うん。まあ、全部じゃなくていいけどさ。夏帆ちゃんらしい家具が一つか二つあれば十分。あ、ちなみに彼女、夏帆ちゃんの前の家に行ったことある?」
「あ、一度だけあります。他の同僚たちと遊びに来ました」
「じゃあ、君の部屋の雰囲気を知ってるわけだ。だったら、余計に用意周到にやらないとな」
「はあ……」
「明日は俺もなるべく早く帰るようにするから、移動させるものピックアップしておいて」
「分かりました。それから、あの……」
「ん?」
「こんなややこしいことに巻き込んでしまい、本当に申し訳ありません。中条さん、遊んでる暇なんてないのに……」
「あはっ、なんだ、そんなことか」
透也は笑顔を浮かべながら、夏帆のおでこを指でツンとした。
その瞬間、夏帆はドキッとした。
「困ったときはお互い様! 隣人なんだから。それに、今回は俺も助けてもらうし、お互い様だよ」
「でも……」
「そうそう、ひとつ言い忘れてたけど、土曜の件が終わったら、俺からも頼みたいことがあるんだ。聞いてくれる?」
「私でできることなら、もちろんです。どんなことですか?」
「それはまた、土曜の件が片付いたら教えるよ。じゃ、俺、そろそろ行かなきゃ。またね!」
透也はにっこり微笑むと、コーヒーを手にして颯爽と出口へ向かった。
その後ろ姿を、近くにいた女性たちが一斉にうっとりと見つめていた。
その日、家に帰った夏帆は、透也の部屋に移すもののピックアップを始めた。
「手料理を振る舞うって言ってたから、食器類やキッチングッズも移した方がいいわね。中条さんのキッチン、スッキリしすぎてるから」
夏帆は、見栄えのしそうなおしゃれなキッチン雑貨や食器類を選び、カウンターの上に並べていく。
「あとは、化粧品とかかな? そうだ! お気に入りのチェストも運んじゃう?」
夏帆は引っ越す際にどうしても手放せなかったお気に入りのチェストを持っていくことにした。
英国アンティークのパイン材のチェストはかなりの値段がしたが、一生もののつもりで奮発して買った大切な家具だ。
夏帆は、このチェストの上に鏡を置いて、ドレッサー代わりに使っている。
パイン材は軽いので、二人で運べるだろう。
それにこの家具は、以前紗英が遊びに来たとき、やたらと興味を示していた。
だから、彼女の記憶にも残っているはずだ。
(それにしても、なんであの女のためにここまでやらなきゃならないの? あ~面倒くさい。こうなったら徹底的に“ふり”を頑張って、一発で退場してもらわないと)
そう心の中でつぶやきながら、夏帆は着々と準備を進めていった。
コメント
17件
準備は万全に、そして計画的に🤭 紗英の悔しがる姿、目に浮かぶ(ΦωΦ)フフフ… 色々楽しみな展開にワクワクしてます( ´艸`)
透也さん策士だなぁ… 皆さんのコメントを見ていて、次々と妄想が浮かび上がってきましたよ(ΦωΦ) 計画通りに進んでほしい♪
透也さん、徹底的にやりますね✊ そして運んだ荷物はきっとそのまま🤭 そこまで計算してませんか〜⁉️