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探偵事務所の木製のドアを押すと、かすかな軋みが響いた。真琴はにこやかに立ち上がり、軽くお辞儀をする。
「いらっしゃいませ。よくお越しくださいました」
依頼人は中年の女性で、少し緊張した様子を隠せずに椅子に腰掛けていた。手元には、厚みのある書類の束。真琴は柔らかく微笑み、依頼人をソファに案内する。
「今日は、どのようなご相談でしょうか?」
女性は書類を抱え直し、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「三年前に無罪判決が出た人物の身辺調査をお願いしたくて……」
「被害者のご家族からのご依頼ではないのですね」
「はい……関係者です」
机の端で、伊藤が淡々と書類を整理している。穏やかな手つきでページをめくり、束を並べる。誰もが彼の存在を当たり前のものとして受け入れ、特に意識することはない。だがその後ろ姿は、どこか静かにこの事務所全体を見渡しているようでもあった。
「ではまず、資料を整理して私たちで確認しましょう」
燈は椅子に深く腰掛け、腕を組む。眉間に皺を寄せたまま視線をそらす。
「面倒くさそうだな……」
真琴は軽く笑いながら手を振る。
「まあまあ。焦らずにやろうよ」
澪は棚の前で立ち止まり、指を唇に当てて紙の束を眺めている。声は出さず、しかし目で全体を見渡し、情報を確かめる。玲は無表情でメモを取り、必要な事実だけを拾い上げる。
「資料は伊藤さんが整理してくれます。分かりやすくまとめてもらえますよね?」
「ええ、任せてください」
伊藤は穏やかに微笑み、書類を並べる手元に力を込めることもなく、静かに場を落ち着かせていた。
「三年前の事件の経緯と証言を、この順序で整理しておきます」
真琴は深く息をつき、依頼人に向き直った。
「私たちはこの資料をもとに調査を進めるだけです。ご安心ください」
「よろしくお願いします……」
依頼人の声には、わずかに緊張と不安が混じっていた。彼女が心配するのは、調査が正確かどうかということ以上に、この事件そのものがまだ終わっていないように感じるからだろう。
燈がつぶやく。
「面倒なことに巻き込まれる気がするな……」
「大丈夫、後でまとめるから」
真琴が手で制する。燈は不満そうに唇を引き結ぶが、今は黙っている。澪は相変わらず指を唇に当て、目だけで資料を追う。まるで、何かを探し当てる準備をしているかのようだ。玲はペンを走らせ、数字や証言を整理する。事務所内の空気は穏やかだが、どこか静かな緊張感が漂っていた。
「こういうケースは、表向きの無罪で終わることが多いです」
伊藤の声が静かに響く。朗らかで落ち着いた口調だ。4人は皆、自然にその声に耳を傾ける。
「なるほど……じゃあ、まずは資料を精査して、次の手を考えましょう」
真琴の言葉に、依頼人はほっと息をつく。
「はい……お願いします」
事務所の奥では、紙の束が静かに整理され、ペンが紙面を滑る音が響く。窓の外の街のざわめきは、日常そのものだ。しかし、この平穏の影で、誰も知らない糸が静かに動き始めている。
真琴は小さく笑った。
「さて、調査の始まりです」
燈は眉間の皺を少し緩め、澪は目を細め、玲は淡々とペンを走らせる。
伊藤は黙々と書類を整え、事務所の空気に溶け込みながら、今日も静かに全体を見守っていた。