テラーノベル
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刑事だと言った男性は、逃げていく車のナンバーを撮影してから、ようやく掲げていたスマホを下ろした。
恐怖のあまり、栞の足はガクガクと震えていた。
男性に支えられていなければ、その場にへたり込んでいただろう。
「大丈夫?」
「は、はいっ。助けてくれてありがとうございました!」
栞は礼を言いながら涙が滲む目で男性を見上げた。その途端、驚いた表情をした。
なぜならそこには、『貝塚こころのクリニック』の医師、直也が立っていたからだ。
「えっ……なぜ先生がここに?」
「やぁ、また会ったね」
昼間会った直也がいきなり目の前に現れたので、栞はその状況を理解できずにいた。
「え……でも今、刑事だって……」
「ハハッ、『逃げるが勝ち』の次は、『嘘も方便』ね!」
直也は朗らかに笑いながら言った。
そんな直也を見ながら、栞は目をパチクリとさせている。
そこで直也が聞いた。
「ファミレスに寄ってたの?」
「あっ、いえ、ここでバイトをしているんです」
「へぇ、そうなんだ。 え? 受験の前なのに?」
「はい。一人暮らしをするなら、お金を貯めておいた方がいいかなと思って…」
「偉いなぁ。バイトは週に何日?」
「三日です」
「そっか。勤務時間は?」
「基本5時から8時までです」
「じゃあ今はバイト終わりなんだ」
「はい」
「それにしても、さっきの二人組は相当悪そうな奴らだったね。車に連れ込まれなくて本当によかったよ」
「はい、本当にありがとうございました」
「いや、偶然通りがかってよかったよ」
「先生は? ファミレスでお食事ですか?」
「うん。実家のクリニックに行った後は、いつも行きつけのラーメン屋に寄るんだけど、今、改装中みたいなんだよね。だからファミレスで食べて帰ろうかなーって思ってさ」
「あっ、すみません! だったら、どうぞ中へ!」
栞は心から申し訳なさそうに言った。
「気が変わったからいいよ、今日は家で適当に済ませるから。それより、君の家って、たしか世田谷区内だったよね?」
「はい、二駅隣です」
「じゃあ送るよ。乗って!」
「え? だ、大丈夫です」
「いいから。どうせ通り道だし」
「でも」
「あの半グレたちが、駅で待ち伏せしていたら危ないだろう? 君は俺の患者なんだから、主治医としてちゃんと家に帰るのを見届けないと安心できないよ」
「………..」
栞が戸惑っていると、直也がしびれを切らしたように言った。
「ほら、早く!」
「すみません……じゃあ……」
直也が助手席のドアを開けて待っていたので、栞は恐縮しながら車に乗った。
車高の高いこのSUV車が、どんな車かは栞でも知っていた。
海外の高級車で、有名人が愛用していることでも有名だ。おそらくかなりの値段がするはずだ。
シートベルトを締めながら後部座席に目をやると、そこには無造作にサーフボードが置かれていた。
直也が真っ黒に日焼けしているのは、サーフィンによるものだったのだと、その時栞は気づいた。
直也が運転席に乗り込んだ瞬間、爽やかな柑橘系の香りがふわっと漂ってきた。
その香りは、あの日、栞が直也に抱き上げられた時に感じた香りと同じだった。
朦朧とした意識の中で感じた心地良い香り、そしてあの時の直也の逞しい腕の感触を思い出した栞は、思わず頬を赤く染めた。
もの心ついてから男性に抱き上げられたのは、あの時が初めてだった。
直也に住所を聞かれた栞は、すぐに教えた。
住所をカーナビへ入力すると、直也はエンジンをかけて車をスタートさせた。
「先生はどこに住んでいるんですか?」
「僕は三軒茶屋だよ」
「三茶、いいですよね。便利そう」
「慶尚大学に通うなら便利な街だよ。あそこは1~2年の校舎と3~4年の校舎が違うだろう? でも三茶からならどっちにも通える。僕は何度か引っ越しはしたけど、住んでいるのはずっと三茶なんだ」
「そうなんですね…」
栞は以前から三軒茶屋に住みたいと思っていたので、直也の話を聞いてから、さらにその街への憧れが強まった。
「大学は何学部を受けるの?」
「文学部です」
「文学部の何系?」
「語学力が高まるならどこでも」
「ということは、英語を使う仕事がしたいのかな?」
「はい」
「なるほど。慶尚の文学部はどの専攻でもいい会社へ就職できるから、受かるといいな」
「はい」
栞の夢はキャビンアテンダントになることだった。
幼い頃、家族でハワイ旅行に行った際、栞はキャビンアテンダントという仕事を初めて知った。
機内で間近に見た彼女たちは、仕事に対する誇りを持ち、上品に美しく輝いていた。
あの日以来、栞はキャビンアテンダントになることをずっと夢見ていた。
だから、航空会社への合格率が高い慶尚大学に、どうしても入りたかったのだ。
やがて車は栞の家がある町内へ入り、閑静な住宅街を進んでいく。
しばらくすると、栞の家が見えてきた。
「あ、あの角の家です。ここで大丈夫ですから」
「どうせだから家の前まで行くよ」
直也はそう言って、栞の家の前で車を停めた。
栞はシートベルトを外してから、直也に礼を言った。
「本当にありがとうございました」
「うん、じゃあ、受験勉強頑張れよ!」
「はい」
栞が車を降りると、直也は窓から顔を出し、軽く手を上げてから走り去っていった。
車が見えなくなるまで、栞はその場で見送った。
そんな栞の様子を、二階の窓から華子がじっと見つめていた。
コメント
35件
華子登場の回だったのね.家に入ったら何か言われそうだわね
危機を救ってくれたのは直也さんだった♡(,,˃ ᵕ ˂ ,,)꜄꜆ ニセ刑事役さすがです👏👏 証拠📷もバッチリ🫶 栞ちゃんの事に深く関わってくれてるのは患者以上の感情だよね( *´艸`)クスクス。 家まできちんと送ってくれる優しさもきゅん💕💕 お!義姉が見ていたとは𖠶𖠶ꜝꜝ
直也先生 助けてくれてありがとうございました😊 でも患者だから家に帰るまで心配‼️と言うのは少しおかしいですよ^_^ 栞ちゃんだから心配と言うのが心の声かと思います(o^^o) これからは栞ちゃんのバイトおわりは直也ナイトが送り届けらのでしょうね 先生頑張ってね👍