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家の鍵を回す音が鈍く響いた瞬間、安心しようとした心が一気に砕けた。
玄関の明かりに浮かぶ四つの影――晃司、沙耶香、怜央菜、颯馬。
その顔は判を押したように冷たく、歓迎の気配などまるでない。
「ただいま、じゃねえだろ」
晃司が真顔で言った。
「散々迷惑かけて、何が“帰ってきた”だよ」
怜央菜が鼻で笑った。
沙耶香は片手にスマホを持ち、既に画面を見ているらしく薄く笑っている。
颯馬はいつものようにそわそわと身体を揺らし、楽しそうな目でこっちを見ていた。
俺は鞄を下ろす。
足取りは鉛のように重い。
声がかけられることを少しだけ期待していた自分が恥ずかしかった。
すぐにその期待は無残に砕かれる。
「で、どうだったんだ? 学校での“件”はさ」
晃司の声は低く、刃物のように切れる。
「詳しく聞かせてよね。みんな、興味津々なんだから」
怜央菜が口を尖らせる。
沙耶香は笑いながら俺の服を指先で撫でるように触れ、わざと乱れを確かめる。
「黙れ」
それだけ言うと、怒りが一斉に放たれた。
颯馬が真っ先に飛びかかり、肩を押さえつけられる感覚。
晃司は冷たく鼻で笑いながら、髪をグッと掴んで廊下へと引きずった。
「お前、ほんとバカだな」
晃司の言葉がどんどん重くなる。
「学校でアレされて、何も言わないんだって? ふーん、強い演技ね」
沙耶香が冷たく嗤う。
「そういうの、男らしくないって姉として情けないわ」
怜央菜が口を尖らせる。
俺は言い訳を探した。
だが出てくる言葉は全部小さく、かすれていて、彼らの前で使うには薄すぎた。
晃司が一歩前に出て、冷静を装いながら言った。
「教育ってのはな、痛みを与えることだ。お前みたいなやつは、分からせないと何度でもやられる。俺らが教えてやる。分かるか?」
「教育」――その言葉を合わせ鏡のようにして、全員がうなずく。
教師に言われたあの台詞と同じ臭いがする。
正当化。
理屈づけ。
居丈高な顔。
「まずは、体で覚えさせる」
颯馬が楽しげに言う。
晃司が冷たく笑う。
沙耶香が手を叩く。
怜央菜が舌打ちをして、俺の服を強く掴んで引きずるように押す。
居間に押し出されると、兄姉たちは円を作った。
俺はその中心に立たされる。
風がないはずなのに、部屋の空気がきしむ。
晃司の顔が近づき、低い声で囁くように言った。
「ここでしっかり躾けてやる。親の面目もあるしな」
その台詞が口をついて出ると、沙耶香が高笑いした。
「親の面目って、何そのダサい言い方。あんた、それで本気でやるの?」
それから始まったのは、段取りの整った「しつけ」だった。
叱責が先に、次に身体を押さえる行為。
腹や背中に加えられる圧力、突き飛ばすような力任せの動きが続く。
痛みが体に入るたび、言葉が追い打ちをかける。
「お前はいつも都合のいいときだけ被害者ぶるな」
晃司が吐き捨てる。
「本当に幼稚。いい年して情けねえ」
颯馬が嗤う。
「見て、この情けない顔。誰かが守ってくれると思ったの?」
沙耶香が指をさす。
「教育だってのに抵抗するんじゃねえよ」
晃司がさらに声を荒げる。
言葉が壁に跳ね返り、俺の胸に刺さる。
俺は口を開けて、「もういい」と呟こうとしたが、颯馬が鋭く笑って遮った。
「いいわけねえだろ。謝って、言われた通りに反省して、そうすりゃ丸く収まるんだよ」
颯馬が冷たく言う。
その顔は遊びの暴虐そのものだ。
俺の口から出たのは、小さく、「ごめんなさい」だった。
それだけで次の罵声が来る。
「謝れば終わりだと思ってんのか? 謝るだけで済むようなことか」
晃司が苛立ちを滲ませ、ベルトを背中に打ちつける。
沙耶香は指で俺の顎を上げさせる。
「もっと自分の恥を噛みしめろ。心から反省してるところを見せてみろ」
怜央菜が命じる。
彼女の声は冷たい教師のそれに似ていた。
「膝をつけ」
晃司の指示に従わされる。
呼吸が荒くなり、身体のあちこちが燃えるように痛んだ。
泣けばさらに叱責を浴びる。
小さな涙の粒が頬を伝うと、沙耶香は嘲笑混じりに言った。
「泣くの? 面白い。もっと見せてよ、その情けない顔」
「泣いてどうなるんだよ。泣いたところでお前の価値なんて変わらない」
颯馬が追い打ちをかける。
しばらくして、晃司が冷たく言った。
「これで終わりじゃない。これから毎日だ。反省の時間を作れ。飯の量も、出かたも、全部管理する。学校でも家でも自由はない。分かったか?」
「分かった」と、俺はただ呟く。
言葉は空虚で、その場をどうにかやり過ごすためのだけのものだった。
兄弟の顔は満足げに崩れる。
彼らにとってそれは“教育”という名の娯楽であり、権力の行使だった。
その夜、布団に入っても眠れない。
耳にはまだ、晃司の最後の言葉がこだまする。
「俺たちが守ってやってるんだよ。感謝しろ」
感謝の意味がどこにあるのか分からない。
痛みと羞恥だけが胸に残り、息をするのも苦しい。
けれど、目を閉じれば兄弟の顔が浮かび、そこには慈しみなど微塵もない。
代わりにあったのは、支配を正当化する冷たい論理と、加害を正当化する嘲りだった。