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朝、教室のドアを開けた瞬間、空気が変わる。
椅子の脚が一斉に鳴る音。視線が一方向に向かう。
──自分だ。
何も言わなくても分かる。今日もまた、「異物」として扱われる一日が始まるのだと。
「おはよう……」
小さく言ってみる。
けれど返事はない。
その代わりに、誰かの笑いが後ろから滲み出る。
「こいつ、挨拶とかすんだ」
「人間っぽいこと覚えた?」
笑いは一度小さく弾け、すぐに教室全体へと伝播していった。
教師が入ってくる。
「静かに」──その一言で全員が口を閉じる。
だが視線の刃は消えない。
教師は出席を取りながら、わざと遥の名前を最後に回す。
「……ああ、いたか」
わざとらしい間。教室の空気が歪む。
「今日も……来られたんだな」
その言い方は、まるで“生きていたんだな”と同義だった。
休み時間。
机の上にプリントが積まれている。
「配っとけよ。どうせ暇だろ?」
遥はゆっくりと立ち上がる。
手に取った紙の角が指に刺さる。
「……わかった」
それしか言えない。
「え、喋れんの?」
「声、出るんだ」
「てっきり、そういう生まれつきかと思った」
──そういう生まれつき。
何度も聞いた言葉。
“ああ、違う世界の人間なんだ”という意味が、裏に隠されている。
昼休み。
グループが笑いながら弁当を広げる。
誰かが言う。
「さ、こいつはどの席?」
「“隔離席”だろ」
「感染るからな」
その言葉に、誰も驚かない。笑いもない。
それはもう「常識」として根づいていた。
──感染。
彼らにとって、自分の存在はウイルスだった。
“触れたら汚れる”“話せば腐る”。
そう決めつけることで、彼らは安心していた。
午後の授業で、教師が言う。
「社会にはいろんな人間がいる。けどね、努力すれば報われる」
教室のどこかで笑いが起きる。
教師も笑う。
「たとえば──そうだな、遥みたいにな」
その瞬間、空気が凍った。
「がんばってるだろ? いつも掃除とか、雑務とか……黙って」
「えらいよな。下支えっていうか。社会の裏方だ」
笑いが起きる。
教師が笑って、クラスが笑って、誰も止めない。
“裏方”。“社会の下層”。
その言葉の刃は、笑いの音と一緒に遥の中に沈んでいく。
放課後。
帰ろうとしたとき、誰かが言った。
「なあ、どんな気分? ずっと下に見られるの」
「別に……慣れてる」
そう答えると、教室が静まった。
“慣れてる”──その一言が、なぜか皆の笑いを誘った。
「聞いた? 慣れてるって」
「生まれつき奴隷だからな」
「努力じゃ変わんねえだろ」
「お前、家でもそうなんだろ?」
笑いの波が押し寄せ、遥の中の何かを押し流していく。
その夜、ノートを開いた。
“努力すれば報われる”と書かれた黒板の言葉が、頭から離れない。
──努力とは、何を指すのだろう。
生まれを、存在を、肌の色も声の出し方も、全部やり直せるものなのか。
遥はペンを握りしめた。
“努力では、見えない壁は壊せない”
そう書こうとして、手が止まった。
それを書いたら、明日、自分がどうなるか分かっていたから。