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相談室に入ってきた相談者は、椅子に座るなり背もたれに体を預けた。疲れているというより、力の入れ方を忘れたみたいな姿勢だった。
「やる気が出ないんだよね」
開口一番、そう言って天井を見る。
「やらなきゃいけないことは分かってる。提出物も、テストも。サボりたいわけじゃない。でも、始められない」
遥は相手の様子を見ながら、急かさず待った。
「スマホ触ってるわけでもない。遊んでるわけでもない。
なのに、気づいたら時間だけ過ぎててさ。で、夜になって自己嫌悪」
相談者は乾いた笑いをこぼす。
「怠けてるって思われるのが一番嫌で、誰にも言えない。
“やる気出せば?”って言われたら、それで終わりだし」
遥は少し考えてから口を開いた。
「やる気って、出してから動くと思ってる?」
相談者は眉をひそめる。
「……普通そうじゃない?」
「逆のことも多い」
遥は淡々と続けた。
「動いたあとで、やる気がついてくることもある。
だから“やる気がない”より、“動き出すハードルが高い”状態に近い」
「それ、何が違うの」
「責める方向が変わる」
相談者は少し体を起こした。
「やる気がないって考えると、自分の性格の問題になる。
でも始められない理由には、疲れとか、失敗への警戒とか、いろいろ混ざってる」
相談者は黙り込んだあと、ぽつりと言う。
「失敗……かも。
どうせちゃんとできないって、始める前から分かってる感じ」
「それなら、始めるのは怖い」
遥は即答した。
「怖いことを前にして、動けなくなるのは普通だ」
「でもさ、周りは普通にやってるように見える」
「見えるだけだ」
遥は視線を落とす。
「始めるのが早い人もいれば、直前で一気にやる人もいる。
途中で止まって、何度も立て直してる人もいる」
相談者は腕を組んだ。
「じゃあ、どうすればいいんだよ」
「“やる”を小さくする」
「小さく?」
「全部終わらせようとしない。
ノートを開くだけ、問題を一問読むだけ。それで止めてもいい」
相談者は半信半疑の顔をする。
「それ意味ある?」
「ある」
遥は静かに言った。
「始められたって事実だけ残る。
それがあると、次に進むハードルが下がる」
少し間があって、相談者は息を吐いた。
「……真面目すぎるのかな、俺」
「真面目だから、止まる」
遥の言葉は短かった。
「どうでもよければ、悩まない」
相談者はその言葉を噛みしめるように、目を伏せた。
「やらなきゃって思いすぎて、動けなくなるの、変だと思ってた」
「変じゃない」
遥ははっきり言った。
「ただ、疲れてるだけの可能性もある」
相談者は立ち上がり、少し照れたように笑った。
「なんか……サボりの言い訳もらったみたいだな」
「言い訳じゃない。説明だ」
ドアの前で、相談者は振り返る。
「全部は無理だけど、今日はノート開くだけにする」
「それでいい」
遥はそう言った。
ドアが閉まり、静寂が戻る。
遥は椅子に深く腰かけ、何も書かれていないメモを見つめた。
動けない時間にも、理由はある。
それを怠慢と呼ばないだけで、少し息ができる。