テラーノベル
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透也が玄関を開ける音がして、二人の足音が戻ってくる気配を感じた瞬間、夏帆は手に汗を握った。
(ど、どうすればいいの……)
どうしていいのかわからず、立ったままリビングへ戻ってくる二人を待つしかなかった。
やがてドアが開き、透也の母と思われる女性が姿を見せた。
女性は夏帆の存在に気づくと、開いていた口をゆっくり閉じ、唖然とした表情を浮かべた。
「……あら、お客様?」
その声には、明らかな動揺がにじんでいる。
(どうしよう……)
戸惑う夏帆の横で、透也が落ち着いた声で言った。
「母さん。彼女は、今お付き合いしている藤田夏帆さん。夏帆ちゃん、うちの母だよ」
その言葉に、夏帆は驚いて目を見開いた。
(ええっ!? お付き合い!? あっ、そうか。さっそくお母様の前でお芝居を始めるのね)
夏帆は必死に冷静さを取り戻し、にこやかに挨拶した。
「初めまして。藤田夏帆と申します」
その堂々たる演技は、演劇部の部長を務めただけあって見事だった。
一方、驚いていた母親はハッと我に返り、慌てて自己紹介を返す。
「初めまして。透也の母の加奈子と申します。まあ、透也ったら、いつのまにこんな素敵なお嬢さんと?」
「つい最近だよね」
「え、ええ……」
「彼女、実はお隣さんなんだ」
「お隣? この部屋の?」
「そう。引っ越してきて顔見知りになって、偶然なんだけど、今は俺の会社で働いてもらってる」
「まあ、そうなの? てっきりお隣のお部屋は空いてると思ったのに」
「少し前まではね。でも今は彼女が住んでる」
「そうなのね……でも、困ったわ……」
加奈子は、夏帆が隣に住んでいると知って少し困ったような顔をした。
「母さん、困ったって……どういう意味?」
「まあ、立ち話もなんだから、座りましょうか」
「じゃあ、コーヒー淹れるよ」
「あっ……透也さん、私が……」
「大丈夫だよ。座ってて」
「すみません」
二人のやり取りを、加奈子は微笑ましそうに見ていた。
そして、買ってきた食材や茶菓子をカウンターの上へ置きながら言う。
「ちょうどよかった。美味しいフィナンシェを買ってきたの。お茶菓子に出してちょうだい」
「オッケー」
紙袋を受け取った透也を横目に、加奈子は夏帆へ声をかけた。
「さあ、夏帆さん座りましょう」
「あ、はい……。お皿だけ下げちゃいますね」
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ランチの食器がそのままだったので、夏帆は手早く皿をキッチンへ運ぶ。
透也がそれを受け取り、食洗器へ入れてくれた。
「あとは俺がやるから」
「すみません」
夏帆は濡れ布巾でテーブルを拭き、加奈子の前に座った。
「でも驚いたわ。まさか透也が、こんなに綺麗なお嬢さんとお付き合いしてたなんて……」
加奈子は頬を緩め、嬉しそうだ。
息子の結婚を待ち望んでいたというのは本当なのだろう。
「夏帆さんのご実家はどちらなの?」
「長野です」
「まあ、長野? 長野のどちら?」
「信濃大町です」
「信濃大町は、昔、お友達と立山に行ったときに通ったわ。すごく素敵な街よね~」
「ありがとうございます」
「で、今は透也の会社にいるんですって? その前はどちらに?」
「花田証券にいました」
「まあ! 大手じゃない! そんないい会社から透也のところへ来てくれたなんて、ありがたいわね~」
加奈子はにこにことご満悦だ。
質問はまだ続く。
「お若そうだけど、おいくつか聞いてもいい?」
「今年三十になりました」
「まあ! じゃあ、亜希と一緒かしら?」
「亜希さんの方が、学年が一つ上みたいですね」
「あら、亜希のこと知ってるの?」
そこで、透也が説明した。
「彼女、このマンションを借りるとき、新くんの店に行ったんだよ。それと、この前亜希と偶然会ってお茶したらしいよ」
「ええっ! そうなの?」
「はい。休日にばったりお会いして……」
「それは偶然ね~」
加奈子の目尻は緩みっぱなしだった。
透也よりだいぶ若く、同じ会社で働き、妹夫婦とも顔見知り。
しかも美人ときた。
安心材料がこれでもかと揃い、加奈子にはもう“運命”としか思えなかった。
「亜希たちは、あなたたちがお付き合いしてるの知ってるの?」
「いや、まだだよ。今度の食事会に連れて行こうと思ってたんだ」
「あら、そうだったのね。でも、それならそうと早く言ってよ。母さん、あちこちに頼んで、お見合い写真いっぱい集めちゃったわ。申し訳ないけど、全部お返ししないと……」
その言葉に、透也は夏帆だけに見えるように小さくガッツポーズをした。
その仕草が可笑しくて、思わず夏帆の頬が緩む。
透也がコーヒーとフィナンシェをテーブルに置き、席に着く。
「わあ、いい香りね~。いただきます」
「「いただきます」」
三人はコーヒーを一口飲んだ。
「夏帆さん、このフィナンシェすごく美味しいのよ~。ぜひ食べてみて」
「はい。いただきます」
お腹はいっぱいだったが、勧められたのでひとつ手に取り食べてみる。
「わぁ……すごく美味しい!」
「でしょう? お口に合ってよかったわ」
ご満悦の母親を見ながら、透也が切り出した。
「で、夏帆が隣にいるとなんでまずいの?」
フィナンシェを食べようとしていた加奈子は、思い出したように答えた。
「私のお稽古仲間の山崎さんって覚えてる?」
「ああ。前によく家に来てた人だよね?」
「そう。あの人、最近熟年離婚しちゃってね。ずっと専業主婦だったでしょ。だから、なるべくお家賃の安いマンションを探していて、あなたの隣が空いてたな~って思い出して、紹介してあげるって言っちゃったの」
「ええっ!」
夏帆が声を上げた。
隣は空き室ではなく、自分が住んでいる。
「でも、今は夏帆が借りてるからそれは無理だよ」
「あら……でも、あれは何?」
「え?」
「そのチェスト。今までなかったじゃない。もしかして、夏帆さんのじゃないの?」
加奈子の言葉に、二人はドキッとして顔を見合わせた。
「そうだけど、ちょっと理由があってたまたま今日だけここにあるんだよ」
「理由って何よ」
「それは……」
透也が言いよどんでいると、加奈子が言った。
「ふふっ、隠しても無駄よ。二人で一緒に住もうって思ってるんでしょ?」
「「はあっ?」」
透也と夏帆は、同時に声を上げた。
「いいのよ~、隠さなくても。母さん、そんなに古い人間じゃないんだから」
「ち、違うよ母さん……これには事情があって」
「いいのいいの、言い訳なんて。同棲するってことは、もちろん結婚を考えているんでしょう?」
「そ、それは、もちろん……」
「だったら、きちんとお引っ越し済ませちゃいなさい。そうすれば、お隣を山崎さんに紹介できるでしょ?」
「ええっ!?」
今度は夏帆が大きな声を上げた。
「ちょっ……ちょっとそれは……」
「大丈夫よ、夏帆さん。夏帆さんのご両親には、私からきちんとご挨拶差し上げますから」
「母さん、彼女はうちと同じ母子家庭なんだ」
「あら、そうなの?」
同じ家庭環境と知り、加奈子のテンションはさらに上がった。
「あ~、でもよかったわ~。息子がいつまでも独身でやきもきしてたけど、決まるときはすーっとすべてうまくいくのね。これも天国にいるお父様の采配かしら? ああ、やっと母さん肩の荷が下りるわ。本当によかった~」
加奈子は嬉しそうにフィナンシェを食べ始めた。
ひとり喜ぶ母親をよそに、透也と夏帆はもう一度顔を見合わせた。
コメント
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透也ママのグイグイ加減、ナイス~( *´艸`)❤ そのママのお友達のためにも、ここは、夏帆ちゃんのお部屋を空けて、一緒に住むしかないねっ😘
わくわく💕
透也ママ、めっちゃ“女子”って感じ! 帰宅するや否や、あちこちに“息子に彼女が出来た”と言って回ってそう(*゚艸゚*)-3 ママはもしかしたら、息子以上に仕事が早いのかも♡ 透也さん、ママに感謝しなきゃだね!笑