放課後、誰もいない体育館裏。背中を壁に押しつけられ、息が詰まるほどの衝撃が腹に入った。
肺の奥から勝手に声が漏れる。
その瞬間、腰の奥で勝手に小さな震えが走り、膝が笑った。
「おい、顔真っ赤。やっぱお前そういうの好きなんじゃん」
笑い声が、暗く湿ったコンクリートに反響する。
蹴られて座り込む俺の耳元に、わざと大きな声で囁く。
「明日もそのまま体育やれよ。全員の前でさ」
家に帰る途中、制服のポケットに突っ込んだ手に、見慣れないメモが触れた。
『明日の数学、ノート全部捨てといた。頑張ってな』
握った指先が、勝手に震えた。
遠くで聞こえる蝉の声と、自分の靴音が、やけに耳に残った。
笑い声はもう聞こえないのに、頭の中ではまだ続いていた。
朝、玄関を出た瞬間、スマホが震えた。
差出人は知らない番号。
『昨日のやつ、忘れるなよ』
たったそれだけの文字で、胃の奥が冷たくなる。
制服の下に隠された“それ”の存在が、歩くたびに確かに思い出させてくる。
教室に入ると、机の上には牛乳パックが倒され、中身が広がっていた。
ノートの端がふやけ、黒いインクが滲んで形を失っている。
何も言わず椅子を引くと、後ろから足が引っかかり、膝を机に打ちつけた。
「ドジすぎ、空気読めないの?」
笑い声が飛ぶ。
俺は笑えない。笑わない。笑えないことが、さらに彼らの笑いを増やす。
二時間目、体育。
バスケットボールが、わざと狙ったように俺の脇腹を打つ。
鈍い痛みが響いた瞬間、腰の奥で震えが走る。
「おーい、大丈夫かぁ? 顔真っ赤だぞ?」
からかう声と、背中を叩く強すぎる手。
コートの端まで逃げても、視線はずっと追ってくる。
逃げ場なんて、ない。
昼休み。
弁当箱を開けた瞬間、異臭が鼻をつく。
中には腐った食べ物が詰め込まれていた。
それを見て、近くの机から「そんなん食うやつ初めて見たわ」と声が上がる。
俺は何も言わず、蓋を閉めた。腹は減っているのに、何も喉を通らない。
放課後、廊下の突き当たりで肩を掴まれる。
物置部屋に押し込まれ、壁に背中を打ちつけた。
「今日もちゃんとつけてた?」
答えられない俺の腹を、誰かの足が蹴る。
呻き声と一緒に、小さく「ん……」と漏れる音が、自分でもはっきり聞こえた。
それが合図のように、笑いと罵声が重なる。
「やっぱそういうの好きなんだな」
「お前はこうされるために存在してんだよ」
帰り道。
背後から何度も突き飛ばされ、電柱や壁に肩を打つ。
制服のポケットに、またメモが押し込まれた。
『明日もちゃんと見せろよ。みんな待ってるから』
家までの道のりは短いはずなのに、やけに長く感じた。
夜風が涼しいのに、背中は汗で濡れている。
笑い声はもうないのに、耳の奥ではまだ消えない。