テラーノベル
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#成り上がり
#死に戻り
#ハッピーエンド
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ホレは、机の前に座ると別人みたいに強い。
しずくシェルターの談話室。普段は休憩所として使われている長机の上に、彼女は大きな紙を何枚も広げていた。屋台、照明、音響、橋、避難、許可、搬入。見出しだけでも頭が痛くなる量だ。
「動きが見えてないから、みんな不安になるの」
ホレはそう言いながら、細い鉛筆で線を引く。
「誰が、いつ、どこにいるか。雨が降ったらどうずれるか。それが見えれば、怒鳴らなくて済む」
サベリオは紙の端を押さえた。思わず感心してしまう。
「これ、一人で考えてたの」
「ずっとじゃないけど」
ホレは肩をすくめた。
「祭りって、勢いだけだと誰かが泣くから」
その横でモルリが腕を組み、うーんとうなっている。
「字が多い」
「読め」
ホレが即答する。
「読むより勘で動いたほうが速い」
「そういう人が一番遅れを生む」
モルリはむっとしたが、反論できずに頬をふくらませた。
デシアも途中から加わり、舞台進行の順番を書き込んでいく。若者の叫び録音を流す時間、橋の導入、シェルターへの切り替え、雨楽器を入れる場所。サディオはその横から「あんまり詰めると装置がいじける」と訳の分からない文句を言い、ホレに「装置に感情はない」と切られていた。
やがて一枚の表ができあがる。
見た瞬間、サベリオは息をのんだ。
今まで頭の中でばらばらに走っていた準備が、時間の流れとして紙の上に並んでいる。開始一時間前に誰が橋へ行き、雨が降ったら誰がどの箱をどこへ運び、観客の移動に合わせて照明をどう変えるか。細かい矢印と注釈が、その全部を先回りしていた。
「すごい」
思わず言うと、ホレはペン先を止めた。
「そうでもない。見えるようにしただけ」
「いや、それが難しいんだよ」
サベリオが言うと、ホレは少しだけ目をそらした。
アルヴェが後から表を見に来た時は、最初の一分で黙った。
「……これ、配るのか」
「配る」
ホレははっきり言う。
「責任者だけ分かってても意味ないから」
トゥランが覗き込み、橋からシェルターへの導線部分を指で追う。
「ここの間隔、いいな」
ジャスパートは照明切り替えの欄を見て、ぼそりとつぶやいた。
「これなら、顔が消えない」
それを聞いたデシアが、うれしそうに笑う。
みんなの得意が、一枚の紙の上でようやく隣り合った。
ホレは元々、自分を守るのがうまい人だ。無駄に傷つかない距離を知っているし、できないことはできないと早めに言う。その現実的な線引きが、今はまるごと祭りを守る形になっていた。
サベリオは表の端に書かれた小さな注意書きを見つけた。
〈誰か一人で判断しないこと〉
文字は細いのに、妙に強い。
「これ、いいね」
ホレは目を上げる。
「経験則」
「前にもあったの?」
「ある。大きいことじゃなくても、誰かが黙って無理をすると、大体そこで穴が開く」
その言葉は、サベリオの胸へまっすぐ入った。
誰か一人で判断しないこと。誰か一人で抱えないこと。死に戻りの夜が繰り返し突きつけてきたものを、ホレは紙の隅に当然みたいに書いている。
配布用に写しを作るあいだ、モルリがぼやく。
「でもさ、こんなに決めたら窮屈じゃない?」
ホレは手を止めずに答えた。
「逆。決めてあるから、崩れた時に慌てなくて済む」
サベリオは思わずうなずいた。
段取りは冷たいものじゃない。誰かが慌てて泣かないように、先に道を照らしておく優しさだ。
夕方、完成した表が壁に貼られると、シェルターの空気が少し変わった。漠然とした不安が、触れられる形になる。人は分からないものを怖がるが、分かり始めると動ける。
ホレは紙の端を押さえ、曲がっていないか確かめながら言った。
「これで全員が完璧に動くとは思ってない」
「うん」
「でも、迷った時に戻る場所にはなる」
サベリオはその言葉を何度も胸の中で繰り返した。
迷った時に戻る場所。
それはたぶん、今の自分にも必要なものだった。