テラーノベル
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#成り上がり
#死に戻り
#ハッピーエンド
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橋の上は、昼を過ぎると木の匂いが濃くなる。
星降る橋の床板にしゃがみ込んだコスタチンは、今日もほとんど喋らなかった。道具箱を開き、釘の長さを見比べ、木のきしみを耳で確かめる。その動きは静かで、目立たない。
正直に言えば、サベリオは長いこと、彼の腕をよく知らなかった。
ヴィタノフのほうがどうしても目につくのだ。無口で、怖そうで、橋のことなら全部分かっている顔をしている。その隣にいる若い見習いのコスタチンは、いつも一歩引いているように見えた。
けれど今日は違った。
「そこ、支えて」
短く言われ、サベリオは慌てて板の端を押さえる。
コスタチンは傷んだ部分だけを抜き、下の梁の状態を確かめてから、新しい板をきっちり合わせていく。削る角度がほんの少しずれるだけで、足を乗せた時の鳴り方が変わるらしい。
「そんなに違うの?」
聞くと、コスタチンは手を止めずに答えた。
「違う。雨の日は特に」
「見ただけで分かる?」
「見て、触って、鳴らして」
言葉は少ないが、迷いがない。
そこへヴィタノフがやってきた。いつもの無表情のまま、コスタチンの作業をしばらく見下ろす。サベリオはなぜか自分が試されているような気分になった。
けれどヴィタノフは叱らなかった。無言で道具箱から別の鑿を取り出し、コスタチンの手元へ差し出す。
コスタチンは一瞬だけ顔を上げた。
「……こっち?」
ヴィタノフはうなずくだけ。
受け取った鑿で削り直すと、板の収まりが見違えるほどよくなった。サベリオは思わず声を上げる。
「ほんとだ」
ヴィタノフは相変わらず何も褒めない。しかし、渡す道具の順番が答えになっていた。
コスタチンの耳が少し赤い。照れているのだと気づいて、サベリオは胸の奥があたたかくなった。
午後、橋の仮補修は思った以上に進んだ。雨で膨らみやすい箇所、重みがかかった時にずれやすい継ぎ目、欄干の金具のゆるみ。コスタチンは一つひとつ丁寧に拾っていく。派手さはない。けれど、その手は橋の未来をきちんと支えていた。
休憩の時、サベリオが水筒を渡すと、コスタチンは小さく礼を言った。
「いつもそんなに喋らないの?」
冗談めかして聞くと、彼は困ったように眉を下げる。
「喋るより、先に手が動く」
「それ、職人っぽい」
「たぶん師匠のせい」
そう言って、ちらりとヴィタノフを見る。
離れた場所で工具を拭いていたヴィタノフは、聞こえていたのかいないのか、無表情のままだった。
「でも、すごいよ」
サベリオが言うと、コスタチンは首を振った。
「まだ全然」
「全然って言う人、たいていちゃんとできる」
「そういうの、雑に励ましてる感じがする」
思いがけず返しが刺さって、サベリオは吹き出した。
「意外と容赦ないな」
「最近、みんなが思ってるより見てるだけ」
その一言で、サベリオは妙にうれしくなった。目立たないと思っていた人は、ただ静かに全部見ていたのだ。
夕方、補修を終えた部分を何人かで踏んで確かめた。以前よりきしみが減り、足裏に返ってくる感触が安定している。
トゥランも確認に来て、短く言った。
「これなら流せる」
アルヴェも橋の中央で足を止め、わずかに息を吐いた。
サベリオは欄干に手を置き、ふと思った。橋を守るのは、大きな宣言や劇的な判断だけではない。こうして誰にも見えにくいところで木の厚みをそろえる手が、何人もの足元を支えるのだ。
帰り際、ヴィタノフがコスタチンに工具を投げてよこした。
「明日も来い」
ぶっきらぼうな言い方だったが、コスタチンの顔は少し明るくなる。
「はい」
それだけで十分だった。
褒める言葉はなくても、受け継がれていくものはある。橋の上でサベリオはそれを見た気がした。