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白山小梅
76
諒と凛が大学受験を目前に控えた冬のことだった。
栞がバレンタイン・デイ用のチョコを作りたいと言い出した。同じクラスの好きな男子に渡したいのだと言う。
受験生の諒の邪魔をしたくないと思い、彼らの家に行くことを控えていた時期だった。だから私の家でと思ったが、諒も久しぶりに会いたがっているからと栞は私を誘う。
「別にうるさくするわけじゃないし、うちで作ろうよ」
「……じゃあ、行こうかな。諒ちゃんの顔も見たいし」
こうして私は栞との約束の日、約束の時間に幼馴染たちの家を訪ねた。ドアチャイムを鳴らしてしばらく待っていると、諒が顔を出した。何か月かぶりに会う彼は元気そうで、ほっとする。
「久しぶりだな。栞と約束してるんだっけ?」
「うん。栞とチョコを作るの」
「チョコ?ふぅん……。ま、上がって」
「お邪魔します」
私は靴を脱いで上がり框に足を乗せた。
「栞、瑞月だぞ」
諒がキッチンの方へ声をかけた。
栞が嬉しそうに顔を出す。
「待ってたよ!」
私は栞に笑いかけ、それから諒に訊ねる。
「これから塾?」
「いや、今日はうちで勉強」
「そうなんだ」
諒の顔を見上げて、私はふと違和感を覚えた。
こんなに背が高かったかな……。
心の中だけでつぶやいたつもりが、実際には口から言葉が出てしまっていたようだ。
諒は笑う。
「成長期だからな。瑞月もまだまだ伸びそうだな」
「そう?」
「だって、おじさんもおばさんも身長あるじゃん」
「そういうもの?」
諒は私の頭の上にぽんと手を置いた。
「ま、小さいお前も可愛いけどね」
私は頬を膨らませて彼の手を払う。
「また子ども扱いする」
「中学生なんて子どもだろ」
「何年か後には、諒ちゃんの手が届かないくらい、いい女になってるんだからね」
「期待してる」
諒はからかうようにくすくす笑った。
そんな彼にむっとした顔を向けた時、栞の声が飛んできた。
「瑞月、早く来てよ。お兄ちゃんなんかと遊んでないで」
「今行くよ」
「栞、お前、チョコなんて作れるのか?」
「だから瑞月に来てもらったのよ。自慢じゃないけど、あたし、ほんとに苦手なんだもの」
「それなのに、よく作る気になったな」
「別にいいでしょ。仕方ないから、後でお兄ちゃんにも味見させてあげるよ」
「成功するように祈っててやる。――瑞月、料理下手の栞の手伝いなんか大変だろ?」
「全然大変じゃないよ。栞がこういうことに興味を持ってくれて嬉しいよ」
「お兄ちゃんはさっさと部屋に戻って、勉強しなよ」
「邪魔者はさっさと消えるよ」
諒は肩をすくめて階段に向かったが、ふと足を止めて振り返った。
「あとで何か飲み物でも持ってきてくれよ。その時、せっかくだからそのチョコも試食してやる」
「絶対に驚かせてやる」
「はいはい。じゃあな、瑞月」
「うん。勉強頑張ってね」
私は諒に笑いかけた。
痺れを切らした栞が私を呼ぶ。
「早く始めようよ」
「今行くから」
私は諒の背中を見送ることなく、栞の急かす声にぱたぱたとキッチンに向かった。
テーブルの上には、前もって準備するよう伝えておいた材料や道具が並んでいる。
私は家から持ってきたパウンド型とドライフルーツの小袋を、紙袋の中から取り出した。
「さて、始めようか。ねぇ、栞。チョコとは別に、パウンドケーキも焼いていい?」
「もちろん!あたし、マーブル模様のがいいなぁ」
「いいよ。栞のチョコ用にココアがあるから、それを使おう。それじゃあ、まず初めに……」
栞に手順を伝えつつ、私自身はパウンドケーキを作り始めた。
「できた!」
栞の嬉しそうな声がキッチンに響いた。
「あとは、ラッピングして終わりね。それにしても、ほんとに初めて作ったの?すごくきれいにできてるよ」
「瑞月のおかげだよ。お茶でも飲みながら、味見しよう」
「味見していいの?」
「当たり前でしょ。そのために多めに作ったんだもん。瑞月に食べてもらって、感想を聞かないとね。飲み物は紅茶でいい?」
「うん。じゃあ、パウンドケーキも一緒に味見しよう」
冷ましておいたパウンドケーキの表面に触れて、粗熱が取れたことを確かめた。本当は一日くらい置いた方がしっとりと落ち着くのだが、焼き立ても美味しい。諒にも持って行ってあげようと思った時、栞が言う。
「瑞月は誰かにあげないの?バレンタイン・チョコ」
「お父さんと、凛ちゃんくらいかなぁ」
「うちのお兄ちゃんには?」
「諒ちゃんは、毎年たくさんもらってくるでしょ?食べきれないからって、私たちにまでくれるじゃない。そんな人にさらにあげたりしたら迷惑だろうし、そもそもそれ以上はいらないでしょ」
「お兄ちゃん、かわいそうだなぁ」
「どうして?」
「だって、可愛い幼馴染から、チョコをもらえないなんて」
「そんな大げさな……。だったら可愛い妹の栞があげればいいでしょ」
「だから味見させてあげるんだよ」
にやりと笑って言ってから、栞は急に真顔になって私に問いかける。
「ねぇ、瑞月って、お兄ちゃんのこと、どう思ってる?」
「どうって……」
私は小首を傾げた。
「諒ちゃんは幼馴染で、栞のお兄ちゃんで、私にとってもお兄ちゃんみたいなものよ」
「それだけ?」
「それ以外に何かある?」
どうして突然そんなことを言い出したのか、私はきょとんとして栞を見返した。
栞はため息をつく。
「残念……」
「残念って何が?」
「なんでもない」
この話はもう終わりというように、栞は声を明るくする。
「さて、と、お茶だっけ?仕方ない、持っていってやるか」
「私が持って行ってあげるよ。栞のチョコ、味見してもらうんでしょ?このパウンドケーも一緒に味見してもらおうと思うの」
「瑞月が作ったものなら、美味しいって言うに決まってるよ。あたしのチョコの存在が霞んでしまうわ」
栞は苦笑を浮かべながら手早く紅茶を用意した。トリュフチョコとパウンドケーキを小皿に乗せて、紅茶と一緒にトレイに乗せる。
私はそれを持って、慎重な足取りで階段を上って行った。
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