テラーノベル
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翌日、探偵社の机は、昨日よりもさらに紙で埋まっていた。
「……増えてない?」
真琴が素直な感想を漏らす。
「増えてる」
玲が即答した。
「整理した分、見えるものも増えた」
「嫌な増え方だな」
燈は椅子に深く座り、腕を組む。
「で? 今日は“何が同じ”なんだよ」
「全部」
玲は淡々と言った。
「言い方」
「雑すぎ」
真琴が笑いながら制する。
「具体的にお願い」
玲は一枚の紙を引き寄せた。
「この事件の説明。関係者全員が、ほぼ同じ構成で語っている」
「構成?」
澪が小さく首を傾げる。
「出来事の順番、強調点、感情の置き方」
「つまり、話し方が似てるってこと?」
「“似てる”じゃない。“同じ型”」
燈が鼻で笑う。
「マニュアルでも配られたか?」
「その可能性も、ゼロじゃない」
真琴はメモをめくる。
「でもさ、そんなものがあったら誰か覚えてない?」
「覚えてない、というより」
玲は言葉を選ぶ。
「“それが元だと意識していない”」
「刷り込みかよ」
燈が吐き捨てる。
澪は、別の紙をそっと前に出した。
「……ここ」
「ん?」
「全員、“その時は仕方なかった”って言ってる」
真琴が目を落とす。
「本当だ」
「判断の正当化が、全員同じ」
玲が続ける。
「自分の行動を説明する時、同じ理由を使っている」
「でもそれって、普通じゃない?」
真琴が首を傾げる。
「人って、だいたい自分を正当化するでしょ」
「方向が同じすぎる」
玲は譲らない。
燈が指を鳴らす。
「つまり、“こう説明すれば納得される”って形を、全員が知ってる」
「そう」
「どこで知った?」
一瞬、沈黙。
伊藤が、書類棚から一冊の古い冊子を取り出した。
「これ」
「何それ?」
真琴が受け取る。
「当時、関係者向けに配布されていた説明資料」
「……あ」
澪が、小さく息を吸った。
「読んだ覚え、ないって言ってたよね」
「ああ」
伊藤は穏やかに頷く。
「でも、“見た”可能性はある」
玲が冊子をめくる。
「……言い回しが、似てる」
「似てるどころか」
燈が肩をすくめる。
「ほぼそのまんまじゃねえか」
「記憶は、上書きされるものだから」
伊藤の声は、相変わらず柔らかい。
「自分の体験と、後から得た説明が混ざる」
真琴は冊子を閉じた。
「じゃあさ」
「うん」
「みんな、これを“自分の記憶”だと思い込んでる?」
「可能性は高い」
玲が言う。
燈が舌打ちする。
「誰も悪くねえじゃん」
「そうだね」
真琴は否定しなかった。
「少なくとも、嘘をついてる人はいない」
「じゃあ探偵の出番ないだろ」
「あるよ」
真琴は少しだけ笑う。
「“おかしい”って思った理由を、説明する役」
澪が視線を上げる。
「……真実は?」
「今回の?」
真琴は少し考える。
「“全員が同じ誤解をしていた”ってこと、かな」
「弱い」
燈が即座に切る。
「でも現実的」
玲が補足する。
「証明できる範囲でもある」
伊藤は静かに資料をまとめ直す。
「依頼人が求めているのは、“犯人”ではない」
「……納得、か」
燈は面白くなさそうに腕を組み直した。
その日の結論は、まだ出さなかった。
だが、探偵社の中では一つの線が共有されつつあった。
――誰も嘘をついていない。
――だが、真実は誰の手にも残っていない。
夜、帰り支度をする中で。
澪だけが、あの冊子をもう一度見ていた。
(これ……)
説明としては、あまりに整いすぎている。
指を唇に当て、何も言わずに棚へ戻す。
その違和感は、まだ言葉にしない。
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