テラーノベル
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倉庫の鍵が外れる音がした。金属の鈍い響きに、遥の肩がびくりと揺れた。夜は明けていたが、光は薄く、倉庫の中には湿った空気だけが漂っている。
「起きてるか?」
颯馬の声がした。返事をしようとしても、喉が乾ききって音が出ない。
「……チッ、まじで死んだかと思った」
扉が開き、光が差し込む。颯馬だけではない。兄晃司、姉たちの友人たちまで数人、ぞろぞろと入り込んでくる。彼らの靴音が倉庫の床に乾いた音を刻んだ。
「おい、立て」
晃司が低く言う。遥は立ち上がろうとするが、足がすぐ崩れ、膝をつく。
「立てって言ってんだろ!」
靴先が脇腹を蹴った。遥は咳き込み、胃の奥に残る空気を吐き出した。
「反抗もできねえゴミだな」
颯馬の友人のひとりが笑い、もうひとりが携帯を向ける。
「動画撮っとけよ、これネタになるし」
「マジ?ウケるんだけど」
「俺らが遊んでやってんだぞ。感謝しろよ、なぁ」
別の友人が遥の髪を掴み、強引に顔を上げさせる。
その目の前で、もうひとりが茶色い紙袋をゆっくりと逆さにした。中から乾いたパンの切れ端と、泥まじりの水が床に落ちる。
「飲んでみろよ。ほら」
遥は首を横に振ることすらできず、視線だけをそらした。胸の奥で、子犬のことがよぎる。
(守れなかった……俺が悪い……)
「なに考えてんだ?まだあの犬のことか?」
颯馬がわざとらしい声で笑った。
「俺たちの手にかかった時、お前が見たかった顔してたぞ。あの子犬」
遥の指先が震え、床に爪を立てる音がかすかに響く。
「反応したな。おい、もっと言ってやれ」
晃司が促す。
「助けるつもりだったんだろ?守るつもりだったんだろ?でも結果はこれだ」
颯馬がゆっくり言葉を重ねる。
「お前のせいで死んだんだよ」
遥は唇を噛み、血の味が口に広がる。目の奥が熱くなるが、声は出ない。
「なんだよ、泣かねえのか?泣けよ。泣きながら頭下げて、土下座でもしろよ」
友人のひとりが笑いながら水を足元にぶちまけた。
遥はただ俯き、震える体を両腕で押さえ込む。涙は頬を伝い、床に落ちて泥水と混じった。
「言えよ、何か」
颯馬が低く囁く。
「もう犬はいねえ。次はお前だぞ。心まで潰すからな」
その言葉が耳の奥に突き刺さる。遥はうつむいたまま、拳を握り締め、唇の奥でかすかに「ごめん」と呟いた。誰に対してか分からない謝罪だった。
周りの笑い声だけが倉庫に響く。友人たちはその光景を写真に収め、面白半分に小突いたり、髪を引っ張ったりしながら、遥を取り囲んでいった。
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