テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
夜の橋は、昼より言葉が正直になる。
準備を終えたあと、デシアが「少しだけ」と言ってサベリオを星降る橋へ連れ出した。提灯はまだ灯していない。川の上を渡る風だけが冷たく、欄干に触れた指先がすぐに冷える。
デシアは録音機もノートも持っていなかった。手ぶらで橋へ来るのは珍しい。
「この前、言ってたよね」
彼女が先に口を開く。
「ここで働きたいって」
サベリオはうなずいた。
「やっと分かった」
「遅かったけどね」
からかう声なのに、やわらかかった。
デシアは欄干の向こうの暗い町を見ながら続ける。
「私は、出たい」
知っていたはずの言葉が、改めて耳に落ちると少し重い。
「都の学校に行きたい。もっと大きい場所で音を勉強したい。町の外の音も聞きたいし、自分がどこまでできるかも知りたい」
そこで彼女は一度黙った。川の音がその間を埋める。
「でも、そのたびに置いていく感じがする」
サベリオは言葉を探した。
これまでなら、気休めみたいな励ましを口にしていたかもしれない。夢なんだから行けばいい。応援する。きっと大丈夫。そういう、やさしいけれど軽い言葉を。
けれど今は違う。
「置いていくんじゃなくて、持っていくんじゃだめなのかな」
デシアがこちらを見る。
「町の音も、ここで作った舞台も。全部、デシアの中に残るだろ」
「……うん」
「だったら、それを持って出ればいい。帰ってくる場所があるまま出るのって、逃げるのと違うと思う」
言いながら、サベリオは自分の胸も少しずつほどけていくのを感じた。
残る願いと、出る願い。
前はその二つが、どちらかを選べばどちらかが傷つくものに見えていた。けれど本当は、つながり方の問題なのかもしれない。
デシアは欄干に肘をつき、空を見上げた。
「サベリオが残るって言ってくれて、ちょっと助かった」
「何で?」
「私が帰ってきてもいい理由になるから」
胸のどこかが、静かに強く打つ。
サベリオは笑おうとして、少しだけ失敗した。
「それ、責任重大だな」
「うん。ちゃんと町をよくしておいて」
「命令が雑」
「雑なくらいが本音っぽいでしょ」
ふたりで笑う。
橋の下では、いつものように川が流れている。何度失っても、何度戻っても、この音だけは同じだった。
サベリオはその音を聞きながら思う。
自分はここに残る。デシアは外へ行く。けれど、それは別れではなく、未来の両端になるのかもしれない。
それなら怖がるだけでは足りない。自分の願いを、自分の手で現実へ変えなくてはならない。
#成り上がり
#死に戻り
#ハッピーエンド
114