テラーノベル
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その紙は、拍子抜けするほど薄かった。
朝、しずくシェルターへ着いた時、入口の掲示板に一枚の通知が貼られていた。雨で端が少し波打ち、黒い文字だけがやけにはっきりしている。
施設利用の見直しに伴う、継続運用停止の仮通知。
モルリが最初に声を上げた。
「は?」
その一文字で場が凍る。
ホレはすぐ紙を外して机へ持ち込み、ニカットが文面を読み込む。アルヴェの眉間には深いしわが寄り、トゥランは無言で出入口の人の流れを止めた。まだ朝だというのに、空気だけが夕方みたいに重い。
ダニエロの顔色が、見る間に悪くなっていく。
「これ……」
何か言いかけて、飲み込む。
サベリオは胸の奥で嫌な音を聞いた。帳簿の赤字。先送りにされた修繕費。閉鎖の噂では済まなかったのだ。
「祭りどころじゃないってこと?」
ミゲロが低く言う。
誰もすぐには答えられない。
そこへ、資料を抱えたグルナラが息を切らして入ってきた。ロヴィーサも後ろから続く。
「待って。まだ終わりじゃない」
机の上へ置かれたのは、古い利用記録と分厚い署名簿だった。紙の端は擦り切れ、何年も何年も人の手に触れられてきた重みがある。
「しずくシェルターは、ただの古い建物じゃない」
グルナラの声は落ち着いていた。
「水害の避難先として使われてきた記録がある。普段も、物資置き場、子どもの学習会、夜の寄り合い、療養中の人の休憩場所として使われてきた。継続利用の根拠は十分に出せる」
ロヴィーサが署名簿を開く。そこには町の年配者たちの名前がずらりと並んでいた。
「あの日ここに助けられた人が、今の町のあちこちにいる」
彼女は指先である名前をなぞる。
「数字じゃなくて、生活の記録として出せば、止める側も無視しづらい」
パルテナが息をのむ。
「この前の寄付の時のおじいさんの名前もある……」
あの失言の日に閉ざされた扉が、ここで別の形でつながっていた。
ニカットはすでに通知文の下へ新しい紙を置き、必要書類を書き出している。
「仮通知なら、意見書と実績資料を出せば覆せる余地はある。急ぐ」
ホレもすぐに動いた。祭り準備の表の横へ、存続申請用の欄を新しく作る。
「舞台と手続き、同時進行だね」
彼女が言うと、誰も笑えないはずなのに、ヌバーが半分だけ笑った。
「嫌いじゃない、この無茶」
サベリオは掲示板から外された通知を見つめる。
祭りを成功させるだけでは足りない。しずくシェルターそのものを、次の日へ残さなければならない。
建物の中では、いつものように床板が鳴り、湯気の匂いがし、人の声が行き交っている。その何気ない朝が、いきなり失われかけたことに、今さらぞっとした。
ここはただの会場じゃない。
誰かが雨宿りできる場所で、息をつける場所で、言えなかったことを言い直せる場所だ。
サベリオは通知の紙をそっと折りたたむ。
残したい理由が、また一つ増えた。