テラーノベル
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ニカットが本気を出すと、机の上の紙まで姿勢を正すように見える。
その日からシェルターの一角は、ほとんど小さな役所になった。申請書、安全計画、利用実績、避難導線図、橋の使用条件変更届。字の並んだ束が次々と増え、そのたびにニカットが冷静な目で仕分けしていく。
「これ、印が足りない」
「こっちは日付が抜けてる」
「感情は後でいい。先に根拠」
言い方は厳しいのに、誰も反発しない。今の彼には、一つずつ道を開ける力があった。
サベリオは書類運びを手伝いながら、正直うんざりしていた。橋を補修するほうがまだ早い。危ない場所を見つけて釘を打つほうが、何倍も分かりやすい。
その顔が出ていたのか、ニカットが顔も上げずに言った。
「そういう顔をしている人間が一番、あとで止められる」
「分かってるよ」
「分かってないから顔に出る」
返す言葉がない。
ニカットはペン先を止め、ようやくこちらを見る。
「前にも言ったけど、筋を通さないと最後に全部止まる。安全計画も、雨天時の代替案も、正式に通っているから人を守れる」
「急いでる時に、遠回りに見える」
「急いでる時ほど近道に見える崖を避けるんだよ」
その言い方が、妙に胸へ残った。
午後、ニカットに同行して管理事務所へ向かうと、役人相手の空気はさらに重かった。口調を一つ誤れば、紙の束ごと信頼が落ちる。けれどニカットは焦らない。橋の導線変更についてはトゥランの図面を、シェルター収容についてはホレの時間割を、歴史的利用実績にはグルナラの記録を、ぴたりぴたりと差し出していく。
「感情論ではありません」
穏やかな声でそう言い切る。
「この施設が今も必要である根拠と、祭りを安全に実施する手順です」
横で聞いていたサベリオは、何となく悔しかった。
自分は何度も死に戻って、危険の形だけは誰より知っているつもりでいた。けれど、その知識を現実へ変えるのは、こういう地味で面倒で逃げたくなる手続きだった。
帰り道、役所の石段を下りながらサベリオが言う。
「……ごめん」
ニカットが足を止めた。
「何が」
「前に、急げばいいって言ったこと。あれ、たぶん全然分かってなかった」
ニカットはしばらく無表情だったが、やがてほんの少しだけ口元をゆるめた。
「今分かったなら十分」
「十分かな」
「十分だよ。分からないまま突っ走る人間のほうが危ない」
その一言が、妙にありがたかった。
シェルターへ戻ると、皆がそれぞれの持ち場で動いている。派手な見せ場はまだない。けれど、誰かが正しい紙を出し、誰かが古い記録を探し、誰かが時間を整えるからこそ、最後の夜は立ち上がる。
サベリオは机の上の書類束へ手を伸ばした。
段取りも優しさだと知ったばかりだ。なら、手続きもまた、誰かを守るための形なのだろう。
#成り上がり
#死に戻り
#ハッピーエンド
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