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「おまえ、さ」
それは授業が終わった後の、何気ない廊下でのことだった。
周囲の学生たちが談笑しながら教室を出ていく中で、彼は呼び止められた。
「天城……悠翔、だよな?」
声の主は、少し離れた学部の男子学生だった。面識はない。だが、名前を正確に呼ばれた時点で、悠翔は本能的に察していた。
「ちょっとだけ話せるか?」
その瞬間、周囲が僅かに静まった。遠巻きに、いくつかの視線がこちらを向く。
――空気が変わる。笑い声が湿り、期待と怯えが混ざる。
部屋の外、階段下の人気のないスペースに連れて行かれた。
そこには、三人いた。全員、知らない顔。だが、その表情に、悠翔は“既視感”を覚えた。
「やっぱおまえさ、“あれ”の弟なんだよな?」
「動画、見たよ。スゴかったわ、あれ」
「殴られてんのに、ぜんぜん声出さねーの。マジで奴隷じゃん」
胸の奥が、静かに締め付けられる。
「俺たちさ、ああいうの、ちょっと……興味あるんだよね。試してみたくね?」
一人が笑いながら悠翔の肩に手を置いた。
強くはない、しかし、拒否すればもっと強くなるとわかる距離感。
――もう、始まっている。
言い返さなかった。
ただ、視線を落としながら、一歩だけ下がった。
その仕草に、相手は確信を持ったのだろう。まるでスイッチを押すように、空気が変わる。
「これから、よろしくな。天城の弟」
以後――呼び出し、使い走り、暴言、無理な依頼、突き飛ばし。
まだ「ゲーム」のように扱われているが、その芽は確かに伸びていく。
一方で、大学内の別の場所ではこう囁かれていた:
「この前の、天城って……やっぱ、あの四つ子の?」
「兄貴たち、今何してんだっけ? 一人は医学部だよな。悠翔だけ“はぶられてる”って……」
「親にも無視されてたって噂、マジ?」
兄たちの“影”が、じわじわと現実に差し込んでくる。
そして数日後。――
夜、アパートのチャイムが鳴った。
画面に映ったのは、蓮翔(れんと)だった。