床に崩れた遥の悲鳴をかき消すように、廊下から足音がした。現れたのは姉の怜央菜だった。
「……なに、この声。あんたまた遥で遊んでんの?」
目に映った光景に、彼女は一瞬だけ眉をひそめ、それから冷めた笑みを浮かべる。
「ふーん。いいじゃん。どうせこの子、口ごたえできないし」
颯馬が沸騰したヤカンを掲げて見せる。
「ほら、まだ半分残ってる。やってみる?」
怜央菜は面倒そうに肩をすくめ、そして遥の背中を足で踏みつけて押さえつけた。
「動くなよ。ほら、せっかくだし背中にやってあげたら? ちょっとした刺青みたいになるかも」
「やっ、やめて……っ! ごめんなさい、ごめんなさいっ……!」
遥は床に額を擦りつけるように必死に懇願する。
だが颯馬は楽しげに笑い、背中に湯を傾けた。
「――――ぎゃあああああああああああっ!!!」
灼ける音が耳の奥で鳴ったような錯覚。背中一面に広がる激痛。
遥の声は裏返り、言葉にならない断末魔が飛び散った。
「やっぱりすごい声。いいねぇ」
怜央菜は踏みつけながら笑う。
「ねえ、まだ残ってるなら、次は顔に少しやってみたら? 見た目がグチャグチャになっても、どうせこの子に必要ないでしょ」
そこへ兄の晃司も現れた。
「何やってんだ……って、ああ。まあいいか。こいつは何されても文句言えないし」
晃司は台所から別の鍋を持ってきて、水を入れて火にかける。
「せっかくだから交代でやろうぜ。耐久実験みたいでおもしれーじゃん」
「……っ……っ……」
遥は泣きじゃくり、声も途切れ途切れになっていく。
それでも誰も止めない。
むしろ家族の目は、壊れていく様子を眺める遊びのような光を帯びていた。
「ほら遥、どうせ生きてても役に立たないんだから、せめて私たちを楽しませなきゃ」
怜央菜が冷たく吐き捨てる。
「もっと鳴けよ。ペットだろ、お前」
颯馬が追い打ちをかける。
「……やめて……もう……殺して……」
遥の喉から絞り出された声は、悲鳴でも抵抗でもなく、ただの絶望だった。
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