床に這いつくばった遥の背中から、まだ湯気が立ちのぼっていた。皮膚が焼けただれ、赤黒く膨れ上がった跡を、家族は覗き込むようにして眺めている。
「……まだ動けるじゃん」
颯馬が鼻で笑う。
「次はどこにかける? 腕? それとも足?」
怜央菜が横から口を挟む。
「同じところばっかりじゃつまらないでしょ。全身、まんべんなくいかなきゃ」
言いながら、湯気の立つヤカンを手に取って持ち上げた。
「やっ……やめ……っ! お願いっ、もうやめて……っ!!」
遥の震える声は、返って嗤いを誘うだけ。
「ほら見て沙耶香。泣き方が小動物みたいで可愛くない?」
怜央菜が言う。
「可愛い? バカじゃないの。汚いだけでしょ」
沙耶香は呆れたように笑いながら、足で遥の頭を押さえつける。
「鳴かせるならもっと派手に。顔にかけなよ」
「顔? それは最後の方が面白いんじゃねえか?」
晃司が口を挟む。
「一気にやったらすぐ壊れちまうだろ。少しずつ少しずつ……。で、どこまで耐えられるか試すんだよ」
颯馬は頷き、ヤカンを持ち直した。
そして、遥の腕にゆっくりと湯を傾ける。
「――――あああああああああああっ!!!」
甲高い悲鳴が、家中に響き渡った。
焼ける匂いと、震える肉体。床に散る熱湯の滴が、さらに肌を刺す。
「いい声だなぁ」
颯馬が笑う。
「おい、まだ立てるか? 立て。ほら、耐えろよ」
遥は涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔を振りながら、必死に首を横に振る。
「む、無理……もう無理……お願い……殺して……」
「まだ“殺して”の段階か」
晃司が肩をすくめる。
「“ありがとう”って言えるくらいになってからが本番だろ」
怜央菜は口元に笑みを浮かべたまま、わざと熱湯を床に少しこぼし、それを遥に指さした。
「舐めなよ。お湯、もったいないから」
「や、やだ……そんな……」
「やだ? へえ、生意気に逆らうんだ?」
沙耶香が爪先で背中の火傷を強く押し込む。
「――ゃああああああああああああっっ!!!」
絶叫と同時に、遥は床に崩れ、無様に口を床へ押しつけ、滲んだ熱湯を舌で掬うしかなかった。
「見た? ほんと雑巾みたい」
怜央菜があざける。
「次はもっと熱いやつ持ってきな。まだ壊れてない」
晃司は湯を足すために台所へ向かいながら、振り返って言った。
「今日は徹底的にやるぞ。こいつが“声も出せなくなる”までな」
遥の意識は、絶望と焼ける痛みの渦に飲まれながらも、終わりは来ないと悟ってしまっていた。
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