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「……こんにちは」
扉がきしむ音とともに、相談室に現れたのは、制服のリボンが少し歪んだままの少女だった。挨拶の声は明るくて、けれどどこか力が抜けている。日下部が促す前に、彼女は勝手知ったるように椅子へ腰かけた。
「いやあ、先生でもないのに相談室って不思議だね。……なんか、ちょっと笑える」
目元だけで笑ったように見せて、唇は少しも動かない。足元では、くたびれたスカートの裾を指先が無意識につまんでいた。
日下部は無言のまま、机に置かれたペンを指で転がしていた。黙っていれば逃げるかもしれない。話させようとすれば、もっと笑ってしまうかもしれない。そういう空気を、彼は嫌というほど知っていた。
「……昔ね、わたし“空気読めるね”ってすごい褒められてたの。どんな子とでも仲良くできるねって。でも、たぶん……自分がいなくなっても、誰も困らないってずっと思ってた。いまも、そう思ってる」
声の調子は終始平坦だった。死にたいとも生きたいとも言わない。ただ、存在の重さだけが虚ろに漂っていた。
日下部はしばらく何も言わなかった。ただ、小さくため息をついて椅子の背にもたれかかる。視線は宙を泳いだまま、彼女の目を見ようとはしない。
「……お前みたいな奴、ひとりくらい居ねえと、つまんねえだろ」
ぼそりと吐き出したその言葉に、少女が初めて目を見開いた。
「……何それ、変なの」
それでもまた、目元で笑ってみせた。ただ、今度はほんの少しだけ、手元の動きが止まっていた。