テラーノベル
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保健室の時計が、一定の速さで秒を刻んでいる。
その音だけが妙に耳についた。
遥は薄く目を開ける。
熱は少しも引いた気がしない。
身体は重く、指先まで思うように動かなかった。
カーテンの隙間から午後の日差しが差し込んでいる。
もう何時間眠っていたのかも分からない。
「……起きたか」
日下部が顔を上げる。
さっきと同じ場所に座っていた。
「授業……」
掠れた声で尋ねる。
「途中で抜けた」
「何で」
「お前探してたから」
当たり前みたいに返ってくる。
遥は言葉を失った。
そんな理由で授業を抜けるやつなんて、知らない。
「馬鹿だろ」
ようやく出た声だった。
日下部は少しだけ笑う。
「かもな」
遥は顔を背けた。
胸の奥がざわつく。
苦しい。
熱のせいじゃない。
こんなふうに誰かが自分のために時間を使うことが、どうしても理解できなかった。
「帰れよ」
小さく言う。
「まだいる」
「何で」
「先生に、目ぇ覚ましたら呼べって言われてる」
遥は黙る。
それが本当なのか、適当に言っているだけなのか分からない。
でも、それ以上聞く気力もなかった。
しばらく沈黙が続く。
窓の外では運動部の声が風に乗って聞こえてくる。
いつも通りの学校。
そこから切り離されたみたいな静けさだった。
「……悪い」
不意に遥が呟く。
日下部は首を傾げる。
「何が」
「迷惑」
「別に」
「授業も」
「後でノート借りる」
「……」
「それで終わり」
あまりにも簡単に言う。
遥には、その簡単さが理解できない。
迷惑をかけたら怒られる。
失敗したら責められる。
何かをしてもらったら、必ず何かを返さなければいけない。
それが遥の中では当たり前だった。
だから、日下部の「別に」が信じられない。
「……見返りは」
思わず口をついて出た。
日下部が眉をひそめる。
「何の」
「……何かあるだろ」
「ねぇよ」
即答だった。
遥はゆっくり目を閉じる。
分からない。
やっぱり分からない。
何も求めない相手の方が、ずっと怖かった。
理由がないから。
予測ができないから。
期待してしまいそうになるから。
日下部はそれ以上何も言わなかった。
ただ椅子にもたれ、小さく息をつく。
無理に話させても意味がないことは分かっていた。
保健室には再び静かな時間が流れる。
その静けさの中で、遥だけは胸の奥が少しも静かにならなかった。
コメント
1件
みぅだよ🤍 第34話、すごく良かった……。 熱で動けない遥と、当たり前みたいにそばにいる日下部。 「何も求めない相手の方が、ずっと怖かった」って台詞、すごく刺さったよ。 遥にとって「理由なく優しくされる」ことって、きっと未知すぎて怖いんだよね。 それを静かに描けてるのが本当に上手いなって思う。 2人の間の沈黙の質が変わってくのも好きだよ🌙 続きすごく気になる。