テラーノベル
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#成り上がり
#死に戻り
#ハッピーエンド
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本番前日、空は朝から落ち着かなかった。
晴れ間が出たかと思えば、雲が低く寄ってくる。風がやんだ次の瞬間には、遠くの山際が白くにじみ、細い雨が町を横切っていく。
以前なら、そのたびに誰かの肩が跳ねた。
けれど今日は違う。
最初の通り雨が来た時、トゥランが橋の入口側へ合図を飛ばし、ホレが表の時刻へ印をつける。ジャスパートは灯りの防水布をかけ直し、サディオは雨楽器の受け皿を一段だけ下げた。モルリの屋台班はぬれた床を避けて手早く配置をずらし、ミゲロが重い箱を運ぶ。
誰も叫ばない。誰も空回りしない。
ただ必要な手が、必要な場所へ伸びる。
通り雨は十分ほどで過ぎた。軒先から落ちるしずくの音だけが残る。
デシアは録音機を掲げ、その音を静かに拾った。
「いい音」
小さく言う。
サベリオは濡れた欄干を拭きながら、思わず笑ってしまう。
「前は、その一言で腹が立つくらい余裕なかった」
デシアも笑った。
「今は?」
「今は……分かる。ちょっとだけ」
昼過ぎ、二度目の通り雨が来る。
今度はシェルターの中で切り替え確認が行われた。観客役の若者たちが橋から中へ流れ込み、ヌバーが「押さないでくださーい、でも急いでくださーい」とふざけ半分の声を飛ばす。ハルティナはその横で、慌てた子に笑って手を貸す。
ジャスパートの灯りが外の銀色を室内のやわらかい星へ変え、サディオの装置が樋のしずくを軽やかな音階へ変える。
雨は災いの合図でしかなかったはずなのに、今は切り替えの合図になっていた。
夕方前、最後の通り雨がもっとも強く屋根を打った。
その音の中で、サベリオはシェルターの入口に立ち、皆の動きを見ていた。アルヴェが判断を出し、トゥランが人を流し、ホレが時間を刻み、ニカットが通路確保を確認し、デシアが音の順番を聞き直している。
同じ雨だ。
何度もこの雨に負けてきた。同じ季節の、同じ匂いの、同じ水だった。
なのに今日は、その水が怖くない。
怖くない理由は、雨が弱くなったからではない。受け止める人の数が増えたからだ。
通り雨が去ると、空の端に薄い光が戻った。
サベリオは濡れた石畳へ出て、空を見上げる。
明日もきっと降る。
でも、と思う。
同じ雨でも、明日はきっと違う夜になる。