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「じゃあ、二人組つくってー」
体育教師の軽い声が響いた瞬間、周囲の空気が微妙に変わった。
みんな素早く友達同士で手を取り合い、輪のように固まっていく。
真ん中にぽつんと残されたのは、俺だけ。
一拍遅れて、笑い声が飛んできた。
「おーい、余ってんじゃん」
「しょうがねーな、俺が相手してやるよ」
声の主は、いつも俺を的にするやつだ。
目だけが笑っていない笑顔で近づいてきて、肩をがしっと掴む。
握力が強すぎて、骨がきしむ感覚が腕に走る。
「準備運動、ちゃんとやれよ」
そう言いながら、肘でわき腹を突く。
息が漏れそうになったのを必死にこらえる。
こらえるのを見透かすように、さらに強く押し込まれる。
周りでは他のペアが、冗談を交わしながらストレッチしている。
その輪のすぐ外で、俺は笑い声のBGMに包まれながら、内臓をえぐられるような痛みに耐えていた。
「顔、引きつってんぞ。もっと笑えよ」
顎を指先で持ち上げられ、体育館の中央に向けさせられる。
みんなの視線が一瞬だけこっちに流れ、すぐに逸れる。
その無関心さが、視線以上に刺さった。
「じゃ、組み手の練習な」
教師の号令と同時に、胸ぐらをつかまれ床に押しつけられる。
マットの匂いと、耳元の低い声。
「こういうの、誰にも助けられないってわかるよな?」
胸ぐらをつかまれたまま、相手の膝が俺の太ももを抉るように押し込まれる。
筋肉の奥まで響く痛みが走り、思わず声が漏れそうになる。
「声出すなよ。バレたらお前のせいだからな」
低く吐き捨てられた言葉に、喉の奥で声が潰れる。
動きを合わせるふりをしながら、腕をねじられ、関節のあたりに嫌なきしみが走る。
「ほら、力抜けよ。抵抗すると怪我すんぞ」
口調だけは柔らかく、それが余計に悪意を際立たせる。
「おーい、ちゃんとやれよー!」
遠くから教師の声が飛ぶ。
形だけ動きを整えた瞬間、背中に思い切り衝撃が走った。
押し倒されるようにマットに沈み、顔の横でゴム底が床を叩く音が響く。
「お前と組むとストレス解消になるわ」
吐息混じりに笑われ、その笑い声が耳の奥にこびりつく。
他のペアはもう練習を終えて雑談している。
俺だけが、終わらない練習を強いられていた。
肩を無理やり引き起こされ、耳元に囁きが落ちる。
「なあ、お前さ……こういう役、似合ってんじゃん」
背中を押されてマットに転がった瞬間、何人かが周りに集まってきた。
「お、またやってる。お前ら見ろよ」
笑い混じりの声が体育館の反響で大きく響く。
腕を掴まれ、押さえ込まれたまま、誰かが近くのバスケットボールを拾い上げる。
「的にすんの、こいつでいいよな」
ためらいもなく、硬い球が肩口に落ち、鈍い痛みと同時に視界が揺れる。
笑い声が輪を広げ、踏み鳴らす靴音が耳の奥で反響する。
「ほら、顔守ってみろよ」
次の球が、今度は腹に突き刺さるように打ちつけられる。息が詰まり、喉から変な音が漏れる。
逃げようと腰を捻ると、後ろから誰かが押さえつけ、別のやつが体育用の縄跳びを引っ張り出した。
「動くなって」
縄が腕に巻かれ、引かれるたびに皮膚が締め付けられ、血が引いていく。
教師は別のグループに注意を向けていて、こちらは完全に視界の外だ。
それをいいことに、周囲の生徒は笑いながら指差し、スマホを構えるやつまでいる。
「お前、ほんと便利だよな。つまんなかった授業が楽しくなる」
体育館の広い空気が、笑いと悪意だけで満たされていく。
逃げ場はなく、俺を中心にした輪は、踏み出すたびに狭まっていった。