テラーノベル
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放課後の校舎は、音が引いていく時間がある。
部活の掛け声が遠くに移り、廊下の足音もまばらになる頃、端の小さな空き教室だけは人が途切れない。
教室でも職員室でもない場所。
机が二つと、椅子が三脚。
掲示物もなく、黒板も消されたまま。
そこに座っているのが日下部だった。
先生ではない。
相談員でもない。
ただの高校生だ。
それでも、なぜか人は来る。
誰かに聞いてほしいわけでも、解決してほしいわけでもない顔で。
怒っているのか、疲れているのか、本人にも分からないような顔で。
日下部は、特別なことはしない。
名前も聞かないことが多いし、来る理由も細かくは聞かない。
椅子を指して、座らせるだけだ。
話すやつは話す。
話さないやつは黙る。
黙って帰るやつもいる。
それでもいいと思っている。
ここで何かが解決することは、あまりない。
答えが出ることも、ほとんどない。
ただ、言葉にした瞬間に、少しだけ輪郭が見えることがある。
自分でも曖昧だった感覚が、「ああ、そうか」と形になる瞬間がある。
日下部はそれを、邪魔しない。
助言をすることもあれば、しないこともある。
励まさないことも多い。
慰めない。
突き放すわけでもない。
ただ、聞いて、返す。
必要なら言葉を足す。
違うと思えば、そのまま言う。
それだけだ。
相談に来るのは、
人間関係がうまくいかないやつ、
何に疲れているのか分からないやつ、
優しくしすぎて自分が分からなくなったやつ、
怒れないやつ、
安心できないやつ。
大きな問題じゃない。
けれど、ずっと残る違和感。
誰にも説明できないが、消えないもの。
放課後のこの部屋は、それを持ち込む場所だった。
日下部自身も、完成しているわけではない。
誰かを導くつもりもない。
ただ、言葉を受け取る側にいるだけだ。
時々、自分の言葉が正しいのか分からなくなる。
それでも、来るやつがいる限り、席に座る。
相談室は、救いの場所ではない。
逃げ場でもない。
正解を出す場所でもない。
ただ、少しだけ見え方が変わる場所だ。
ドアは軽い音で開く。
誰かが入り、椅子に座る。
少し話し、少し沈黙し、やがて立ち上がる。
外に出れば、世界は変わっていない。
学校も、関係も、明日も同じだ。
それでも、ほんの少しだけ、
帰る足取りが違う。
日下部は机に肘をつき、
次に入ってくる足音を待つ。
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