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放課後の光が廊下を薄く染めていた。
相談室のドアは半開きで、外の空気が少しだけ流れ込んでいる。
日下部は机に肘をつき、ペンを回していた。
ノックはない。
ただ、ドアが少しだけ押される。
制服のままの相談者が、隙間から顔を出した。
「……入っていいですか」
「どうぞ」
短い返事。
相談者はゆっくり中に入り、椅子に座る。
座ったまま、すぐには話さない。
日下部は待った。
急かさない。
目だけで、続きを促す。
「……あの」
「うん」
「話したあとで、毎回後悔するんです」
視線は下。
机の角を見ている。
「言いすぎたな、とか。
余計なこと言ったな、とか。
嫌われたかも、とか」
間。
「で、帰ってからずっと思い出します」
日下部は少しだけ眉を寄せた。
「会話の反省会か」
「……はい」
「一人で」
「はい」
静かなやり取りだった。
「何を言ったか、じゃなくて」
日下部が言う。
「どう思われたか、を考える?」
「……そうです」
「どれくらい続く」
「長いと、次の日まで」
日下部はペンを止めた。
「話さなきゃよかった、ってなる?」
「なります」
「でも話す?」
「……話します」
矛盾しているが、本音だった。
日下部は小さく息を吐く。
「話す前は」
「はい」
「別に不安じゃない?」
「話してるときは平気です」
「終わってから来る」
「はい」
机の上に夕方の光が落ちている。
日下部はそれを指でなぞるように見た。
「それな」
一拍。
「相手じゃなくて、自分の中の審査だ」
「審査」
「減点方式のやつ」
相談者は少し顔を上げる。
「言い方、変じゃなかったか。
空気読めてたか。
余計だったか」
日下部は淡々と続ける。
「会話終わったあと、
採点してる」
「……」
「しかも厳しめに」
相談者は小さく笑った。
「厳しいです」
「だろうな」
日下部は椅子にもたれる。
「それ、癖になってると」
「はい」
「話すたび疲れる」
「疲れます」
短い返答。
「じゃあ次は」
日下部は言う。
「少し黙る?」
「え」
「反省会を」
相談者は瞬きをする。
「ゼロにはしなくていい」
「はい」
「でも、時間決めろ」
「時間」
「帰り道まで、とか」
考えるような沈黙。
「家に着いたら終わり」
日下部は続ける。
「それ以上は、
ただの再放送」
相談者の表情がわずかに緩む。
「……再放送」
「同じ場面、
違う角度で流してるだけだろ」
「確かに」
「新情報ないのに」
小さな笑いが出る。
日下部はそれを見て、少しだけ視線を逸らした。
「会話ってな」
一拍。
「相手も同じくらい
自分のことで頭いっぱいだ」
相談者は止まる。
「そこまで覚えてない」
「……」
「思ってるほど、
人は人を覚えてない」
静かな事実だった。
相談者は深く息を吐く。
「それ、ちょっと楽です」
「だろ」
日下部は頷く。
「全部良く言おうとするな」
「はい」
「全部ミスらないようにもするな」
間。
「普通に話したらいい」
相談者は椅子から立ち上がる。
「今日、帰り道までにします」
「それでいい」
ドアの前で振り返る。
「……また来てもいいですか」
「空いてるときなら」
いつも通りの返事。
相談者は頷き、出ていった。
廊下に足音が遠ざかる。
日下部は机に肘をつき、窓の外を見る。
夕焼けは少し濃くなっていた。