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高校の合格祝いに――。
そう言って瑞月が作ってくれたクッキーは、確かに少しいびつな形のものもあった。けれど、サクサクとした歯触りがよく、甘すぎなくてうまかった。聞けば、いとこに手伝ってもらったのだと言う。
これまで会ったことはなかったが、瑞月にいとこがいることは知っていた。うちに来て遊んでいても、これから彼女が来るという時は、いつも嬉しそうな顔をして家に帰って行った。そんな瑞月を見ては、二人はずいぶんと仲がいいんだなと思っていた。
いつだったか。そのいとこが、栞にもおそろいで作ってくれたのだと言って、瑞月がビーズ細工のブレスレットを見せてくれたことがあった。お菓子を作ったりアクセサリーを作ったりと、ずいぶん家庭的で器用な女の子だなと俺は感心していた。一人っ子の瑞月にとって、彼女は姉のような存在なのだろうと思っていた。
その人と俺が同い年だということを知ったのは、彼女が俺と同じ高校に入学したことを、瑞月から聞いた時だ。特に彼女に関心があったわけではなかったから、そうなんだ、としか思わなかった。
しかし瑞月は言う。
「二人が仲良くなってくれたら嬉しいな」
瑞月は、ただ単純にそう思っただけに決まっている。その言葉に何ら含みがないこともよく分かっていた。けれど、胸の奥にもやもやした感情が広がった。
瑞月は、俺と自分のいとこを引き合わせることに、何の抵抗も心配もないのか――。
そう思ったら、ひどくイライラした。
もしもこの先、俺といとこの間に、仮に恋愛感情が芽生えることがあったとしても、瑞月は何とも思わないのだろうか――。
さらにそう思ったら、胸が苦しくなった。
高山凛。瑞月にとって姉のような存在のいとこ。
瑞月がそうしてほしいというなら、ひとまず仲良くしようじゃないかと思い直し、俺はその名前を頭にインプットした。
入学式当日になり、昇降口に張り出されていたクラス発表の名簿にその名前を探す。俺の名前は二組に、彼女の名前は四組にあった。
入学式が始まった。
式は順調に進み、各クラスの担任が生徒の名前を呼んでいく。その都度返事をして立ち上がり、最後に全員で一礼をする。
そんな流れで二組だった俺たちの番が終わってからは、「高山凛」という名前が呼ばれるその時を、俺は耳を澄ませてじっと待っていた。
「高山凛」
ついにその名前が呼ばれた。
少し低めの声が答えた。
俺ははっとしてその方向にちらと目をやり、途端に目を見張った。まさかと思った。お菓子作りだのアクセサリー作りだの、そんな話ばかり聞いていたから、俺はずっと勝手に女だと思い込んでいた。
しかし周りより少し背が高いその人物は、学ランを身に着けていたのだ。
男だったなんて……。
心臓が急にドキドキし始めて、俺は落ち着かなくなった。嫉妬という感情を恐らくはこの時初めて知り、それを持て余した。これまでも瑞月のことは愛おしく思ってはいたが、明らかにこれは恋だと自覚した瞬間でもあった。
高山凛はライバルになった。瑞月が慕っている相手だと思うと、敵意という黒い感情が渦巻くのを止めることができなかった。
「凛ちゃんにはもう会った?」
入学後しばらくして、一度だけ瑞月からそう訊ねられたことがあったが、俺は適当にごまかした。
「いや、実はどの人がそうなのか、ちょっと分からなくてさ」
うちの高校は生徒数が多かったから、クラスが違えば知らない人間がいたとしてもおかしくはない。
言い訳めいていると思いながらもそう付け加えると、瑞月は特に疑問に思った様子もなく、素直に納得したようだった。少しだけ残念そうな顔をした後に、何かを思いついたらしくこう言った。
「今度、みんなで遊ばない?」
「え?」
面倒だし、瑞月があいつと仲が良さそうにしている所なんて見たくない――。
それが本心だったが、俺は理解あるふりをして頷いた。
「あぁ、それも悪くないな」
瑞月が嬉しそうに笑うのを見て心はざわめいたが、結局そんな機会はないままに俺は高校二年生になった。そして、俺にとっては最悪の事態が起きた。高山とクラスメイトになってしまったのだ。この状況で、彼と関わらないでいることは難しい。
嫉妬心を抱えたまま、高山に普通に接することができるだろうか――。
自信がなかった。それなのに、ホームルームでの自己紹介の後、高山は俺の方にわざわざ近寄って来て言ったのだ。
「はじめまして、高山凛です。久保田君が瑞月ちゃんとご近所で、幼馴染だってことは聞いているよ。これからよろしくね」
「あ、ああ。よろしく」
にこやかに笑顔を浮かべる高山に、俺は無理矢理作った笑顔で挨拶を返した。
しかしその数日後、早速俺の気持ちをさらに揺さぶる出来事があった。
街に用があって出かけた先で、瑞月が男と寄り添って歩く姿を目撃してしまった。それがどんな男か確かめずにはいられなくなり、二人に追いついた俺は瑞月に声をかけた。その男が高山だと知った時は、自分でも驚くほど激しく動揺した。
いとことは恋愛も結婚もありだと思ったら、二人の親しそうな様子に焦り出した。瑞月を取られるんじゃないかと不安になった。
今になってその時のことを振り返ると、とてつもなく恥ずかしい。凛の恋愛対象についてはその後すぐに知ることになり、今では彼とは大の親友同士だ。
凛が言うには、その時の俺の態度はおもしろいほど分かりやすくて、からかいがいがあったらしい。
それが俺たちの間で話題になると、必ず最後に凛は心配そうな、呆れたような顔をして言うのだ。
「いつか意識してくれるまで、なんてことを言ってもたもたしていると、脇から持ってかれちゃうんだからね」
「そんなこと、分かってるよ」
その都度凛に返しながらも、俺は行動を起こせないでいた。
瑞月と会っていない時間も、彼女の笑顔や彼女の声を思い出すたびに胸苦しさを覚えるようになっていた。けれど、瑞月はまだ中学生だ。もしも今想いを伝えて、瑞月に拒絶されたらと思うと、怖かった。
だから俺は、まだしばらくの間はこの気持ちを秘めておこうと決めた。どのみちこの想いは、この先もきっとずっと変わらないという確信があったし、大事に育てられてきた奥手な瑞月が恋に目覚めるのは、まだ先だろうという思いもあった。
俺は瑞月との心地よい関係を、まだまだ手離したくはなかったのだ。