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文化祭当日。
「おい、遥。こっち座れよ」
呼ばれて椅子に押し込まれる。教室の片隅、机の上には化粧品がずらりと並んでいた。アイシャドウ、リップ、ヘアアイロンまで。まるで舞台裏のようなその光景に、嫌な予感が背筋を這い上がる。
「ちゃんとじっとしてなよ。動くと崩れるから」
女子のひとりが淡々とファンデーションを塗り始める。冷たいスポンジが頬をなぞるたび、遥の体はこわばった。
「お、意外と肌きれいじゃん」
「ね、女の子みたい」
くすくす笑いながら、別の女子が髪を巻き取ってアイロンをあてる。じゅっと熱が伝わり、少し焦げる匂いが漂った。遥は思わず身を引こうとしたが、背後に立っていた男子に肩を押さえられ、逃げ場を失う。
「動くなよ、せっかくのメイク台無しにすんな」
声は笑っていたが、力は強い。遥は唇を噛みしめ、黙るしかなかった。
「リップは赤にしよっか。派手な方がウケるし」
「チークも入れてあげようよ。血色ないし」
ぱたぱたと刷毛が頬を叩く。目の周りを彩るアイシャドウ。鏡に映るのは、自分とは思えない顔。だが、それを直視する余裕もなかった。
「よし、次はこっちだな」
男子がスカートをひらひらさせて見せる。
「サイズは多分これでいけるだろ。遥、立て」
断ろうとした瞬間、数人に腕を掴まれ、無理やり立たされる。
「なに縮こまってんだよ。ほら、足出せ」
「いいから早く履けって」
ごそごそと押し込まれ、スカートの布が太腿を撫でる。ぞわりとした感覚に全身が震えた。
「うわ、似合うじゃん。やっぱ華奢だからさ」
「ちょっと回ってみろよ」
笑い声が弾む。遥はうつむいたまま動けない。すると背中を押され、ぐらりと前に踏み出す。
「ノリ悪いなあ。サービスしろよ、モデルなんだから」
「恥ずかしい顔してんな、マジで女みたいだぞ」
ひとつひとつの言葉が刃のように突き刺さる。反論しようにも喉が詰まり、ただ小さく息を漏らすだけだった。
「待って、髪飾りまだだよ」
ぱちん、とリボンを留められる。
「可愛い〜。ほんとに女の子より女の子っぽい」
「これで接客行ったら大ウケだな」
男子の声が重なる。
「ねえ、遥。笑顔くらい作れよ」
「そうそう、ブスっとしてると客逃げるぞ」
「……っ」
声にならない声が喉で渦巻く。笑えと命じられても、どうやって顔を動かせばいいかわからない。口角をわずかに上げたつもりでも、周囲からは失笑が漏れる。
「やべー、引きつってる。超キモい」
「いいじゃん、それはそれでネタになるし」
机を叩いて笑い転げる声が、教室を満たした。
「ほら、最後に自分で見てみろよ」
無理やり鏡を押しつけられる。
そこにいたのは、赤いリップを塗られ、リボンで髪を巻かれた自分。スカートの裾から出た足が白々しく視界に浮かぶ。吐き気が込み上げ、思わず鏡を伏せようとした瞬間、男子の手がそれを押さえつけた。
「ちゃんと見とけ。お前、今日一日この格好だからな」
「逃げんなよ? 客に愛想振りまけよ。クラスの売上がかかってんだから」
「……わかった、から」
かすれた声が漏れた。自分の意志ではなく、ただ場の圧に押しつぶされて出た答え。
「じゃ、準備完了。出番だぞ、遥」
肩を押され、教室の外に追いやられる。廊下には他クラスの生徒や来客の視線があふれていた。
「見て見て、あの子……」
「男子だよな?」
「うわ、本気でやらされてんじゃん」
ひそひそ声と笑いが背中に突き刺さる。足がすくむ。だが後ろからクラスメイトに小突かれ、無理やり前へ歩かされる。
「ほら遥、しっかり。笑顔、忘れんなよ」
「接客頼むわ、俺らは裏方だから」
完全に舞台に立たされた駒。その事実だけが、胸を締めつけた。