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文化祭。模擬店の教室。
「いらっしゃいませ〜!」
張り切った声が教室に響く。だが、それは遥のものではなかった。クラスメイトが元気よく客を迎え、遥はその横で突っ立っていた。
「おい遥、声出せって。お前も店員なんだから」
背後から小突かれ、よろめきながら口を開く。
「……いらっしゃいませ」
小さな声。客の女子高生グループが顔を見合わせ、くすっと笑った。
「なにあれ、男子だよね?」
「うける〜、マジでやらされてんの?」
聞こえないふりをしたが、耳が熱くなっているのが自分でもわかる。
「ほら遥、もっと愛想よく!」
「笑えよ。せっかく化粧してやったんだから」
腕を引かれ、客の前に立たされる。
「こちらのメニューになります……」
声が震える。すると背後で男子が囁いた。
「もっと声高くしろよ。女の子っぽく」
「そうそう、接客なんだからさ。ほら、頑張れ」
遥は必死に言葉を絞り出した。
「……どうぞ、ごゆっくり……」
女子グループは爆笑した。
「ほんとにやってる! かわいそー」
「でも似合ってるよね、逆に」
笑いの渦が、逃げ場をふさいでいく。
「写真撮ってもいいですか?」
別の客がスマホを掲げた。遥はぎょっとして首を振る。
「いや、それは——」
「いいですよー!」
クラスメイトが勝手に答え、遥の肩を抱いて客の前に押し出す。
「はい、チーズ!」
シャッター音が響くたび、心臓が締め付けられる。
「SNSに上げよ。バズるかも」
「#男の娘 #文化祭」
そんな言葉が耳に刺さり、足がすくんだ。
耐えられなくなり、遥は机の裏へ下がろうとした。だがすぐに背中を叩かれる。
「なに隠れようとしてんだよ」
「お前が前に立たないと意味ねーだろ」
「でも、俺……」
言いかけた瞬間、男子が笑いながら言った。
「お前しかいないんだよ。お前が笑われ役やってくれるから、店が盛り上がるんだ」
「……っ」
喉の奥で言葉が詰まる。反論すればもっと笑い者にされる。だから何も言えない。
「よし、次の客来たぞ。遥、お姫様っぽく『いらっしゃいませ』って言え」
「は? 無理だろ」
「無理じゃねーよ。ほら、やれって」
腕をつかまれ、客の前に引きずり出される。視線が集まる。
「……い、いらっしゃいませ……」
「声低っ! もっと高く!」
背中を叩かれ、肩が揺れる。
「いらっしゃいませ……っ」
無理やり高い声を絞り出した。客が爆笑し、拍手すら起きた。
「いいぞ遥! 次は『ご主人さま』って言ってみろ!」
「やめろって……」
「ほら、言えよ。遊びだろ?」
逃げ場はなかった。喉が焼けるように熱い。
休憩のために一歩外へ出たときも、廊下の視線が突き刺さった。
「見た? あれ男だよ」
「似合ってるけど、なんか痛々しいな」
小さなひそひそ声。誰も直接助けてはくれない。
背中を丸め、教室に戻ろうとしたその時——背後からクラスメイトが声をかけた。
「どこ行くんだよ、仕事サボんな」
腕を掴まれ、無理やり中へ引き戻される。
「まだまだ役立ってもらうからな、看板娘」
笑い声がまた、耳を塞いだ。
文化祭のざわめきの中、遥は笑顔を強要され続けた。
メイクで塗り固められた顔。スカートの裾。写真のフラッシュ。
「遥、次はもっと可愛くなー!」
「笑顔忘れんなよ!」
そのたび胸の奥で声にならない叫びが渦を巻く。
だが声にはならない。
ただ、耐えるしかなかった。