二月に入り、栞は受験勉強の総仕上げを進める一方で、小川綾香と楽しいひとときを過ごしていた。
二人が友達になってから、さまざまな共通点があることが分かった。
趣味が読書であるということや、第一志望が同じ大学だということ。
それ以外にも、彩香の父親も現在単身赴任中で、彼女のアルバイト先も飲食業だった。
また、よく行く映画館や買い物をする店も同じだったので栞は驚いた。
今まで出会わなかったことが不思議なくらい、二人の行く場所には共通点がある。
二人は、受験が終わったら一緒にショッピングへ行くことを約束した。
綾香はすぐに、栞の良いところ見つけて口に出して褒めてくれた。
「栞ちゃんは背が高くてスタイルがいいよねー」
「目が大きくてぱっちりしているから羨ましいわ」
いつもこんな調子だ。
友達からあまり褒められた経験がない栞にとって、それは新鮮な感覚だった。
あまりにも綾香が褒めまくるので、栞はなんだかくすぐったいような気持ちになる。
(ありのままの自分を尊重してくれる友達がいると、自信がわいてくる気がする……)
そう思わせてくれた綾香に感謝しながら、栞はこの関係がいつまでも続くことを願っていた。
そして、あの日直也に言われた言葉が頭を過る。
『もしかしたら、君にふさわしい友達は、もっと別の場所にいるかもしれない』
直也が言っていたのは本当のことだったのだと、栞はあらためて思った。
綾香のおかげで、栞の残り少ない高校生活が急に輝き始める。
栞の精神状態はすっかり落ち着きを取り戻し、今は受験勉強とアルバイトに全力を注いでいた。
そして、来週はいよいよ慶尚大学の試験日だ。
この日、午前中で授業が終わった栞は、学校を出てアルバイト先へ向かった。
アルバイトは今週いっぱいで終わりだった。入試が続く来週以降は、休みをもらうことにしていた。
もし大学に合格したら、またすぐに再開する予定でいる。
この日、栞は勤務開始時間までの間、隅の席に座って勉強することにした。
お昼をまだ食べていなかったので、クラブハウスサンドとドリンクバーを注文する。
バイト仲間の瑠衣は、フロアで働いていた。
瑠衣は服飾系の大学に推薦で合格しているので、今はバイト三昧だ。
瑠衣が持ってきてくれたクラブハウスサンドを食べながら栞が勉強に集中していると、突然頭上から声が響いた。
「よしよし、頑張ってるな!」
聞き覚えのある声だった。
栞がびっくりして顔を上げると、そこには直也が立っていた。
「先生?」
「また会ったね」
「え? どうして……?」
「実家に用があって寄った帰り! 昼メシまだだから、ここで食べようかなと思ってさ」
「そうだったんですか……」
「あれ? 今日バイトは?」
高校の制服姿の栞を見て、直也は不思議そうな顔をしていた。
「勤務は5時からなので、それまではここで勉強させてもらってます」
「へぇー、理解ある職場でいいね」
「はい。ここの人たちはみんないい人なので……」
そう言って、栞は微笑んだ。
その瞬間、直也の胸がドクンと疼いた。
それを悟られないようにしながら、直也は栞に尋ねた。
「その後、発作は起きてない?」
「大丈夫です。今、学校もすごく楽しいです」
栞の笑顔が、学校生活が充実していることを示している。
「それは良かった! あ、ここ座ってもいい? 勉強の邪魔はしないからさ」
「えっ?」
「僕も仕事を持ってきてるんだ。食べながら少し片付けようと思ってね」
直也はそう言って、栞の前へドカッと座った。
栞が口を開けたまま驚いていると、直也はノートパソコンをテーブルの上に置いた。
それを見た栞は、正気に戻ると直也に聞いた。
「病院のお仕事ですか?」
「いや、今日は医者の仕事は休み。こっちは次の本の執筆!」
(次の本の執筆?)
そこで栞はハッとした。
勘のいい栞は、直也の一言ですべてを理解したようだ。
「もしかして、あの本は先生が書いたのですか?」
「そうだよ。あれ? 言ってなかったっけ?」
「聞いていません! ズルい……まさか先生が書いた本だったなんて……最初にちゃんと教えて下さい!」
栞は顔を真っ赤にして怒っていた。
それと同時に、彼女は自分の鈍感さに嫌気がさしていた。
冷静に考えれば『貝塚』の『貝』はローマ字にすると『kai』で、あの本に書かれていた著者の名前と同じだ。
少し考えればすぐにわかることだった。
「ごめんごめん、言ったと思ってたけど、言ってなかったんだなぁ……」
「ひどいですっ! ちゃんと教えてくれないなんて……」
そこで、栞は急にひらめいた。
「先生が著者なら、本にサインしてください!」
「ハッ?」
「だってあの本を書いたんでしょう?」
「そうだけど……今日は本を持ってないだろう?」
「持ってます!」
栞はすぐに鞄の中から本を取り出した。
「え? いつも持ち歩いてるの?」
「もちろんです! この本は私のバイブルですから」
真面目な顔の栞を見て、思わず直也は飲みかけのコーヒーを吹きそうになった。
しかし、そんなことはまったく気にする様子もなく、栞は突然立ち上がった。
「ちょっと待ってて下さいね」
そう告げると、栞はスタッフがいるバックヤードへ向かった。
そして、しばらくして油性マーカーを持って戻ってくると、マーカーを直也に渡した。
「えっ? 僕、サインしたことない…….」
「嘘でしょう? だってこの本かなり売れてますよね? 書店でも一番目立つところに置いてあったし」
「前にサイン会をしてくれと頼まれたことはあったけど、面倒だから断った」
「もったいない! 先生、有名になれるチャンスだったのに……」
「いや、別に有名になろうと思って書いてないし……」
その言い方が、まるで拗ねた子供のようだったので、栞は思わずクスッと笑った。
「だったら、ここでサインの練習をしてください」
栞は、ルーズリーフを一枚外して直也の前に置くと、真剣な表情で言った。
「マジで言ってる?」
「はい」
栞の気迫に負けた直也は、しぶしぶマーカーを持ってサインを書き始めた。
「こんな感じ?」
直也が差し出した紙には、ただ普通に『kai』という文字が書かれていた。
「これじゃあサインっぽくないです。もうちょっと工夫してください」
「えーっ、どうすりゃいいんだ? だったらさぁ、見本を見せてよ見本を!」
栞は、仕方なくマーカーを受け取ると『kai』と書いてみる。
女子高生にありがちな丸文字や、ローマ字、勢いをつけて書きなぐったような字体など、工夫を凝らしていろいろ書いてみた。
しかし、どれもしっくりこない。
栞が頭を捻りながら悩んでいると、直也が待ちくたびれたように言った。
「見本ができたら教えてねー」
そして、直也はパソコンへ向かうと、執筆作業を開始した。
コメント
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栞ちゃん、綾香ちゃんと出会えて 仲良くなれて良かった🍀✨ 二人とも受験、頑張って✊‼️📝👓️ 直也先生は すっかり栞ちゃんに恋しちゃってるね....💕🤭ウフフ
栞ちゃん 彩香ちゃんと言う親友に巡り会えて高校生活が輝いて良かったね 先生の言葉を素直に信じて実行しているおかげですね(*^^*) それから直也先生 栞ちゃんと偶然❓会えて いろいろ話せて良かった❤️ このひとときが受験前の栞ちゃんの癒しと合格へ向けての頑張りに繋がるよね
栞ちゃんが自然体で気の合う綾香ちゃんと高校生活を過ごせて良かった🫶心の安定に繋がるもんね(ㅅ´ ˘ `) 直也さんの本が♡♡♡ルって直也さん内心嬉しいだろうね💕 そしてこうやって偶然出会えてしまうのも縁があるよね♡(,,˃ ᵕ ˂ ,,)꜄