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#命
ruruha
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#学園
要 九十九
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星キラリ

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眠狂四郎
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「美咲、さっきから何見てんの?」
昼休み、咲希に顔を覗き込まれ、美咲は慌てて携帯を伏せた。
「何も見てへんって」
「嘘やん。さっきから画面見て、にやけて、閉じて、また開いてるやん」
「にやけてへん!」
「ほな、何なん?」
「……直人先輩からのメッセージ」
言った途端、咲希の口元が緩んだ。
「はいはい、ごちそうさまです」
「まだ何も言うてへんやん!」
「別に何も言うてへんよ。付き合いたての彼氏からメッセージ来て嬉しいんやなあ、思ただけ」
「声がでかい!」
美咲は咲希の腕をつかみ、周囲を見回した。幸い、近くの席では別の話題で盛り上がっている。誰かに聞かれた様子はなかった。
付き合い始めてから、まだそれほど日が経っていない。
それなのに、直人からのメッセージが届くたび、今までとは違う感覚が胸の中に広がる。
以前なら、連絡する理由を探していた。
花火部の用事なら自然に話せる。作品の相談なら迷惑ではない。そんなふうに、自分が連絡してもおかしくない理由を考えていた。
今は、用事がなくても連絡できる。
今日の授業が眠かったとか、購買のパンが売り切れていたとか、そんなことでも送っていい。
その変化が、美咲には少しくすぐったかった。
「遊園地、楽しみなん?」
咲希に聞かれ、美咲は素直にうなずいた。
「めっちゃ楽しみ」
「何乗るん?」
「ジェットコースターと観覧車。あと、食べ歩きもしたいし、お土産も見たい」
「欲張りやなあ」
「せっかく二人で行くんやもん。いろいろしたいやん」
「ふうん」
咲希は頬杖をつき、意味ありげに笑った。
「二人きりやもんな」
「……そうやで」
以前なら、その言葉だけで顔が熱くなって、否定することに必死になっていたと思う。
今も恥ずかしさはある。
けれど、美咲はもう、直人と二人で過ごしたい気持ちを隠したくなかった。
「楽しんでき。帰ってきたら、ちゃんと話聞かせてな」
「何を?」
「何をって、全部やん」
「全部って何やねん!」
「観覧車で何話したとか、手ぇつないだとか、つながへんかったとか」
「咲希!」
「はいはい。冗談やって」
咲希は笑ったあと、少しだけ表情を変えた。
「でも、ほんまに楽しんできな。美咲、最近ずっと嬉しそうやし」
「……そう?」
「うん。前から楽しそうなときはあったけど、今はなんか違うわ」
美咲は返事に迷った。
違う。
自分でも、そう思う。
誰かを好きになる前にも、楽しいことはたくさんあった。花火部でみんなと騒いだり、作品がうまくできて喜んだり、くだらないことで競い合ったり。
今だって、それらがなくなったわけではない。
ただ、帰り道に直人と話せたら嬉しい。明日も会えると思うと、少しだけ明日が待ち遠しい。自分の知らない直人のことを、もっと知りたい。
そんな気持ちが、毎日の中に増えている。
「……好きになったら、こんなに毎日楽しくなるんやな」
思わずこぼれた言葉に、咲希は一瞬だけ目を丸くした。
それから、いつもの調子で笑った。
「今さら気づいたん?」
「うるさいなあ!」
美咲は笑いながら、もう一度携帯を開いた。
画面には、直人とのメッセージのやり取りが残っている。
土曜日は開園時間に合わせて遊園地へ行く。ジェットコースターにも乗るし、観覧車にも乗る。二人でゆっくり話す時間も作る。
決まった予定を見返すだけで、自然と頬が緩んだ。
「……あかん」
「何が?」
「顔が戻らへん」
「知らんわ!」
咲希の笑い声が教室に響いた。
美咲も、つられて笑った。
そのときはまだ、土曜日が来ることを、ただ楽しみにしていた。
放課後、花火部の部室に入ると、亮介が机に突っ伏していた。
「もう無理や。俺、今日で引退する」
「何してんの、亮介」
「聞いてくれ、美咲。先輩らの卒業制作、細かすぎるねん。あの写真の配置、あと数ミリ右にしてとか、こっちの色が暗いとか、終わりが見えへん」
「数ミリくらい合わせたらええやん」
「お前は自分が描いた絵を数ミリ動かせ言われたら、素直に動かすんか?」
「……場合による」
「ほらな!」
「でも、直人先輩が言うたんやったら、理由あるんちゃう?」
「お前、彼女になった瞬間に先輩の味方になりすぎやろ!」
亮介が顔を上げる。
美咲は一気に頬を赤くした。
「そんなんちゃうわ!」
「いや、今のは完全にそうやったで。前やったら『そんなん自分で考えたらええやん!』って俺に乗っかってたやん」
「うっ……」
「変わったなあ。恋愛って怖いわ」
「亮介、あんたほんまに黙って」
咲希が呆れた声で言う。
涼介は大げさに肩をすくめた。
「はいはい。俺は傷ついた後輩として、黙々と作業しますわ」
「傷ついてへんやろ」
「心は繊細やねん」
「どこがやねん!」
三人で騒いでいると、部室の扉が開いた。
「何や、外まで聞こえてたで」
直人だった。
亮介がすぐさま立ち上がる。
「先輩、聞いてください。美咲がひどいんです」
「何があったん?」
「俺の苦労を分かってくれません」
「亮介が大げさに言うてるだけやで!」
美咲が反論すると、直人は二人を交互に見て笑った。
「いつも通りやな」
「先輩、卒業したら、俺らのこと忘れたりせえへんですよね?」
亮介が冗談めかして尋ねた。
「何でそうなるねん」
「いや、先輩、進学したら忙しなるやろうし。俺らのことなんか、すぐ忘れてまうんちゃいます?」
「お前ら、そんな簡単に忘れられるようなことしかしてへんのか?」
「うわ、急に厳しいこと言うてきた!」
「自分で振った話やろ」
「ほな、忘れられへんように、もっと騒いどきますわ」
「それは普段から十分や」
直人が笑い、咲希も吹き出した。
美咲も笑った。
けれど、直人の卒業という言葉が、胸の奥に小さく引っかかった。
三年生の卒業が近づいていることは、前から分かっていた。
校内の掲示板には卒業式の日程が貼り出されているし、三年生の教室では進路の話が増えている。直人がこの学校を離れる日だって、いつかは来る。
知っていたはずなのに。
恋人になってから、その事実が以前よりもずっと現実味を帯びて感じられるようになっていた。
直人がいなくなる。
毎朝、校内ですれ違うこともなくなる。授業が終わったあと、部室に行けば会えるというわけでもなくなる。今日みたいに、何でもない話をして笑う時間も、今までと同じ形では続かない。
付き合う前から分かっていたことなのに、今はそれを考えるだけで、胸の奥が落ち着かなくなる。
自分が好きになった人には、自分とは違う時間が流れている。
美咲がこれから二年生の後半を過ごすあいだに、直人は高校を卒業する。
同じ学校に通っていることが、二人の距離をどれだけ近くしてくれていたのか。
今になって、ようやく分かった気がした。
作業が一段落したころ、亮介と咲希は買い出しに出た。
「美咲、なんかいる?」
咲希が扉のところから尋ねる。
「いらん。ありがとう」
「直人先輩の分も買うてきたろか?」
「いらんって!」
「はいはい。ほな行ってくるわ」
二人が出ていくと、部室には美咲と直人だけが残った。
机の上には、卒業生の作品をまとめた資料と、来年度の展示についてのメモが広がっている。
直人は資料を確認しながら、赤ペンで小さく印をつけていた。
美咲はその横顔を見ていた。
何度も見てきた顔だ。
初めて話したときも、作品について相談したときも、帰り道を一緒に歩いたときも。
それなのに、今は少し違って見える。
恋人になったからだろうか。
それとも、いなくなる日が近づいていると知ったからだろうか。
「……先輩」
「ん?」
「卒業したら、寂しくなりますか?」
直人はペンを止めた。
「何が?」
「この学校とか、花火部とか」
「ああ……寂しいと思うで」
意外なほど、あっさりした返事だった。
「でも、楽しみなこともあるしな。進学したら勉強も忙しくなるやろうし、新しい環境にも慣れなあかん。寂しいからって、ずっとここにおるわけにもいかへんし」
「……そうですよね」
「美咲は?」
「え?」
「来年、三年生になるやろ。卒業のこと、考えたりする?」
美咲は首を横に振った。
「まだ全然。進路とか、ほんまに何も考えてへん」
「そっか」
「花火部のことは考えるけど。来年の展示、もっと大きいのにしたいし、みんなで作りたいものもあるし」
「ええやん。美咲らしいな」
「でも……」
言葉が止まった。
直人がこちらを見る。
「でも?」
美咲は、膝の上で指を組んだ。
「先輩がおらんようになったら、今みたいにはできへん気がする」
口にしてから、少し恥ずかしくなった。
花火部には咲希も涼介もいる。自分たちで考え、自分たちで決めていかなければならない。直人が卒業するからといって、部活が終わるわけではない。
分かっている。
それでも、直人がいることを前提に考えていた自分に気づいてしまった。
「……先輩に頼ってばっかりやったんかな」
「そんなことないと思うけど」
「でも、困ったとき、先輩に聞いたら何とかなるって思ってた」
「それは、俺が先輩やからやろ」
「そうなんですけど……」
「先輩がおらんようになったら、自分らで考えるしかない。それは確かやな。でも、今まで一緒にやってきたことまでなくなるわけちゃうで」
直人は資料を閉じた。
「美咲が覚えてることも、咲希や亮介が身につけたことも、全部残るやろ。俺が卒業したからって、最初からやり直しになるわけやない」
「……はい」
「それに、分からんことがあったら連絡してきたらええやん」
美咲は顔を上げた。
「ほんまに?」
「ほんまや。毎回すぐ返事できるとは限らんけどな」
「それは分かってます」
「ほな、ええやろ」
直人は笑った。
いつも通りの、落ち着いた笑顔だった。
美咲は、胸の中にあった不安が少しだけほどけていくのを感じた。
けれど、完全になくなったわけではない。
卒業したあとも連絡できる。
会おうと思えば会える。
それでも、今と同じではない。
同じ学校にいるから、会いたいと思ったときに会える。部室に行けば、そこにいる。そんな当たり前が、いつまでも続くわけではないのだ。
「……先輩」
「ん?」
「卒業しても、会いたいです」
言ってしまった。
今度は、慌てて取り消したりしなかった。
直人は美咲を見つめた。
「うん」
「花火部の用事がなくても」
「うん」
「私が会いたいって言うても、ええですか?」
最後の言葉は、思っていたより小さくなった。
直人は少し考えてから、穏やかに答えた。
「もちろんやろ。俺も会いたいと思ってるし」
美咲は、息を止めた。
付き合うことになってから、直人は何度も好きだという気持ちを伝えてくれた。
それでも、離れる日が近づくと、今までなら疑いもしなかったことまで確かめたくなる。
会いたいと思っているのは、今だけなのだろうか。
卒業して、毎日顔を合わせなくなっても。
自分たちの生活が変わっても。
直人の中に、自分の居場所は残るのだろうか。
「……ほんまに?」
「また疑うんか」
「疑ってるわけちゃうねん。ただ……」
「ただ?」
「嬉しいねん」
直人は、少し照れたように笑った。
「そら、よかったわ」
その返事があまりにも直人らしくて、美咲も笑った。
窓から差し込む夕方の光が、机の上の資料を照らしている。
卒業制作の写真には、去年の花火大会の様子が写っていた。夜空に広がる大輪の花火。その下で、部員たちが笑っている。
直人も、そこにいた。
美咲は写真を見つめながら思った。
この人と出会えてよかった。
好きになれてよかった。
けれど、好きになったからこそ、離れる日が来ることが怖くなった。
今までは、誰かと過ごす時間が終わっても、次の日にはまた会えた。
明日も学校がある。放課後になれば部室に行ける。何かあれば、顔を見て話せる。
それがなくなったら、自分たちはどうなるのだろう。
そんな不安を抱えたままでも、会いたいという気持ちは変わらなかった。
美咲は写真から目を離し、直人を見た。
「土曜日、楽しみやな!」
「俺もやで」
「ジェットコースター、絶対乗ろな!」
「ええけど、何回乗るつもりなん?」
「いっぱい!」
「俺、途中で気分悪なったら助けてや」
「えっ、直人先輩、ジェットコースター苦手なん?」
「いや、苦手ちゃうけど。美咲、何回も乗りたがりそうやから、先に予防線張っとこう思て」
「何それ! 直人先輩も付き合ってや!」
「はいはい、分かった分かった」
直人が笑う。
美咲も笑った。
土曜日には、二人で遊園地に行く。
一緒にジェットコースターに乗って、観覧車から景色を眺めて、今まで話せなかったことも話したい。
卒業のことを考えると胸が苦しくなる。
それでも、今すぐ終わりが来るわけではない。
まだ一緒に過ごせる時間がある。
美咲は、その時間を怖がるだけで終わらせたくなかった。
帰宅した美咲は、夕食を終えてから自分の部屋に戻った。
机の上には、花火部のノートが置いてある。来年度に作りたい展示の案や、いつか描いてみたい花火の絵。思いついたことを、その日の気分で書き足してきたノートだ。
ページをめくると、去年の夏に描いたラフが出てきた。
花火を見上げる人々。
屋台の明かり。
夜空を横切る光。
まだうまく描けていなかった部分に、直人が書いてくれた小さな助言が残っている。
『見る人の目線を考えてみるとええかも』
その文字を、指でなぞった。
直人は、作品のことをよく見てくれる。
自分が何を描こうとしたのか。どこを大事にしたかったのか。うまく言葉にできていない部分まで、考えてくれる。
そういうところが好きだった。
もちろん、それだけではない。
話していると落ち着くところも、たまに冗談を言うところも、思っていたより頑固なところも好きだ。
そして、自分が知らない直人も、きっとたくさんいる。
高校を卒業したあとの生活。新しい友達。進学先で見つけるもの。これから好きになることや、変わっていく考え方。
美咲が知らない時間を、直人はこれから過ごしていく。
自分も、自分の時間を過ごしていく。
その二つの時間が離れてしまうのか、それとも重なり続けるのか。
今の美咲には、まだ分からなかった。
携帯が震えた。
直人からだった。
『今日は遅くまでお疲れさん。土曜日、朝早いし、ちゃんと寝るんやで』
美咲は笑った。
『先輩こそ寝坊せんといてくださいね』
すぐに返事が来る。
『それは美咲にも言えることやろ』
『私は寝坊しません!』
『ほんまか?』
『ほんまです!』
『ほな、信じとくわ』
やり取りを終えても、美咲はしばらく画面を眺めていた。
そして、文字を打ち始めた。
『先輩』
『ん?』
『卒業しても、ずっと好きでいてもええですか?』
打ち終わったあと、指が止まった。
こんなことを聞いて、どうするのだろう。
直人は、好きだと言ってくれている。
会いたいとも言ってくれた。
それなのに、自分はまだ確かめたくなってしまう。
卒業したら。
環境が変わったら。
会う回数が減ったら。
それでも、今と同じ気持ちでいてくれるのだろうか。
答えが欲しいというより、怖かった。
美咲は一度、入力した文章を消した。
代わりに、こう送った。
『土曜日、いっぱい話しましょうね』
少しして、返事が来た。
『せやな。観覧車でも、ゆっくり話そ』
美咲は携帯を胸元に抱えた。
卒業の日は、いつか必ずやって来る。
その日が来れば、今までと同じ毎日は終わる。
でも、終わるのは今の毎日であって、二人の時間そのものではないのかもしれない。
そう思いたかった。
翌朝も、直人は学校に来る。
放課後になれば、花火部の部室で会える。
そして土曜日には、二人で遊園地に行く。
美咲はその一つひとつを、今までより少しだけ大切に思いながら、ノートを閉じた。
窓の外には、静かな夜が広がっていた。
まだ、何も失っていない。
だからこそ、美咲は今あるものを、失う前から惜しむのではなく、ちゃんと大切にしていこうと思った。
そう思えたのは、直人が卒業しても会いたいと言ってくれたからだった。
その言葉を、明日も覚えていられるように。
美咲は、机の上に置いた携帯をもう一度見てから、部屋の明かりを消した。
コメント
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うわあ……切ない気持ちになりました。美咲の「卒業しても、ずっと好きでいてもええですか」って文章を打っては消すところ、すごくリアルで胸がぎゅっとなりました。好きになったからこそ、離れる日が怖くなる——その感覚が丁寧に描かれていて、読んでいて自分のことのように感じられました。直人先輩の「会いたいと思ってるし」って返しが優しくて、そこに救われましたね。まだ何も失っていないからこそ、今ある時間を大切にしたいと思うラストがとても素敵でした。