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放課後の教室は、蛍光灯を半分だけ点けていた。明るすぎない光が、机の角を曖昧にする。
相談スペースに座った生徒は、椅子に深く腰掛けず、背中を少し浮かせていた。
「……正しいことをしたはずなんです」
言葉は整っているのに、声が落ち着かない。
「クラスで、
間違った噂が広がってて。
本人がいないところで」
遥は、視線を下げたまま聞いている。
「最初は、
“放っておけばいい”って思いました。
関係ないし」
一拍。
「でも、
そのままにするのが嫌で」
生徒は、指先を組んだ。
「違うって言いました。
事実じゃないって。
みんなの前で」
教室の空気が、少し張りつめる。
「その瞬間、
空気が変わりました」
遥は、わずかに頷く。
「笑ってた人が黙って。
目を逸らして。
話題が変わって」
生徒は、淡々と続ける。
「それからです。
誘われなくなったの」
言い切りだった。
「無視じゃない。
いじめでもない。
でも、
輪の外にいる感じ」
遥は言葉を挟まない。
「“正義感強いよね”って言われました。
悪い意味じゃないって顔で」
生徒の口が、少し歪む。
「私、
間違ってますか」
遥は、机の端を指でなぞる。
「間違ってない」
即答だった。
「じゃあ、
なんでこんな目に」
「正義はな」
遥は静かに言う。
「場を壊す」
生徒が顔を上げる。
「壊す、って……」
「空気とか、
暗黙の了解とか、
“みんなが楽にいられる嘘”を」
教室の外で、足音が遠ざかる。
「それを壊すと、
嫌われることがある」
生徒は、唇を噛んだ。
「私、
嫌われるために言ったわけじゃない」
「分かってる」
遥は否定しない。
「でも結果は、
そうなる時がある」
少し間を置く。
「正義は、
拍手されるとは限らない」
生徒の肩が、少し落ちる。
「じゃあ、
黙ってた方が賢かったんですか」
「賢いかどうかの話じゃない」
遥の声は低い。
「どっちを選ぶかだ」
「何を」
「居心地か、納得か」
教室に、静けさが落ちる。
「居心地を選べば、
自分に嘘をつくこともある。
納得を選べば、
一人になることもある」
生徒は、ゆっくり息を吸った。
「私、
一人になる覚悟なんて……」
「誰だってない」
遥は淡々と言う。
「最初から覚悟して選ぶやつはいない」
「じゃあ……」
「選んだ後に、耐える」
生徒は、視線を下げた。
「……耐えるだけですか」
「耐えるだけじゃない」
遥は続ける。
「同じ場所に、
同じ考えのやつがいるとは限らない」
「探すんですか」
「勝手に、
向こうから見つかることもある」
生徒は、小さく息を吐く。
「今は、
孤立してる気しかしません」
「今はな」
遥は、窓の外を一瞬だけ見る。
「正義を選んで孤立したやつは、
後で“信用”を得ることがある」
生徒が、少し驚いたように顔を上げる。
「派手じゃない。
でも、
“あいつは嘘を言わない”ってやつだ」
生徒は、しばらく黙っていた。
「……それまでが、きついですね」
「きつい」
遥は否定しない。
「だから、
選んだ自分を責めるな」
生徒は立ち上がった。
姿勢はまだ硬いが、足取りは逃げていない。
扉が閉まり、教室に静寂が戻る。
遥は一人、薄暗い机の列を見る。
「……正義は、
味方を減らすことがある」
ぽつりと、言葉を落とす。
「でも、
自分を失わない」
蛍光灯が、静かに唸っていた。
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/ 甲 斐