テラーノベル
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昼休み。
遥が廊下の端でカバンを抱えて座っていると、女子三人が影を落とした。
「ねぇ遥、今日も“買い物係”やる気あるんだ?」
「……ある……」
即答した自分の声が、誰よりも情けなく聞こえた。
女子たちは顔を寄せて、わざと囁くように話す。
「じゃあさ、ちょっと特別ね。購買で、パン三つとアイス二つと、あとこれ」
財布を見せる素振りはない。
金を払う気がないのは当然という空気。
「金……無い……」
言った瞬間、女子の一人が耳元に口を近づける。
囁きは甘い声なのに、刃物みたいに冷たい。
「じゃあ“お願いの仕方”をちゃんと練習しよっか。
ほら……教えてあげる」
遥の背筋が固まる。
「“俺に買わせてください、なんでもします”って言って?」
「……」
言えない。
でも、言わないと終わらない。
「……俺に……買わせてください。なんでも……します」
「はいよく言えました~」
女子が笑い、遥の頭を軽く叩く。
撫でるのではなく、調子を見るような叩き方。
「でも“声が弱い”って男子に笑われちゃうよ?」
「次は録るからさ、もっとはっきり言ってね?」
スマホを向けられ、遥は喉を締め付けられるような感覚に陥った。
放課後、男子も混ざってきた。
女子が撮影していた動画を男子が回し見しながら、ふざけたように言う。
「お前さ、“なんでもします”って言ったよなぁ?」
「……言わされて、」
「言わされて、じゃねぇよ。言ったんだろ?」
別の男子が肩を掴む。軽く、逃げられないだけの力。
ただしその距離が近すぎる。
「こうやってさ、“命令されたらすぐ従う”っての……マジで便利じゃね?
男子で試すのもアリだよな」
その言葉に周囲がざわつく。
直接的な言葉は使わない。
だけど──含みだけで十分すぎる圧がある。
「え、でも遥ってさ……されても黙ってそうじゃん?」
「むしろ“やられる側の顔”してる」
「動画にしてもウケるんじゃね?」
笑い声が遠く、濁って聞こえる。
遥の呼吸が浅くなる。
視界が揺れる。
「……やめて」
やっと声が漏れた。
「やめて?なんで?
やめてもらえるほどの立場だと思ってんの?」
男子が顎を指で持ち上げ、目を合わせさせる。
「“なんでもします”の動画、忘れてねぇからな?」
翌日。
教室に入った瞬間、空気が変わっているのが分かった。
誰もがこちらを見て、笑って、スマホを隠す。
「来た来た、“なんでもする奴”」
「本物初めて見たわ」
原因はすぐに分かった。
SNSには昨晩、女子が撮った動画が拡散されていた。
──『俺に買わせてください、なんでもします』
──震え声
──泣くの我慢してる顔
──“#奴隷志願”のタグ付き
他クラスの生徒が廊下から覗きにくる。
「アイツ?動画のヤツ?」
「マジでいるじゃん……」
まるで見世物小屋みたいだった。
息が詰まり、喉の奥が痛む。
「拡散止められんの?無理だよね」
「学校どころか地域で有名になってそう」
「“なんでもする男”って呼ばれてんの知ってる?」
遥は何も返せず、黙ってうつむいた。
だがその沈黙を、彼らは決して見逃さない。
「ほら見て、また黙った」
「図星突かれるとすぐ黙るよな」
「都合悪いと口閉じるから余計ウケる」
笑い声が耳鳴りみたいに響く。
胸の奥が熱いのか冷たいのか分からない。
「今日も“働いて”もらうから。
金ないんだろ? じゃあ身体で払ってもらわないとな?」
“身体で”と言われるだけで、遥には十分だった。
言葉の奥に何があるか分かりすぎるから。
誰も助けない。
笑ってる。
撮ってる。
広げてる。
終わりじゃない。
終わりの先の地獄が始まっただけだった。
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