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それは、いきなり激しくなったわけじゃなかった。
朝、教室に入ったときから、少し違っていた。
視線が刺さらない。
代わりに、存在を前提にした動きが増える。
(……いるの、分かってる感じ)
机の横を通るとき、わざと肩が当たる。
謝罪はない。
足を引っかけられても、誰も笑わない。
(前は、確認してた)
今日は違う。
“当たること”が予定に組み込まれている。
一時間目の移動。
廊下の中央を歩いていただけなのに、前から来た誰かが進路を塞ぐ。
「邪魔」
短い一言。
それだけで、肩を押された。
壁にぶつかる。
軽い衝撃のはずなのに、昨日の痛みが反応して息が詰まる。
(……あ)
謝られない。
代わりに、後ろから誰かが通り過ぎながら言った。
「まだ立てんじゃん」
(基準、そこなんだ)
倒れなければ問題ない。
声を出さなければ、出来事にならない。
授業中、消しゴムが落ちる。
拾おうとした瞬間、足が伸びてきて、手の甲を踏まれた。
「わり」
言い方だけは軽い。
(……わざと)
分かっている。
でも、指摘する意味がないことも分かっている。
昼休み。
弁当を食べようとしていたら、机が揺れた。
「そこ、使うから」
使う、という言葉の意味は曖昧だ。
遥の席なのに。
(……どこ行けばいいんだろ)
立ち上がった瞬間、腹に肘が入る。
殴るほど強くない。
でも、確実に効く位置。
「おっと」
笑い声はない。
ただの動作。
(これが……普通になるってことか)
階段裏。
もう呼ばれもしない。
用事があるのは、向こうだ。
背中を蹴られて、前につんのめる。
床に手をつく前に、もう一発。
「日下部いないからさ」
誰かが、事実確認みたいに言う。
「気にしなくていいんだよな」
(……そうだよな)
否定したかった。
でも、否定できる材料がない。
(俺が、そういう位置なんだ)
息が乱れる。
でも、前みたいに恐怖はない。
(慣れてきてる)
そのこと自体が、少し怖かった。
蹴りは続く。
回数は多くない。
強さも、抑えられている。
(壊す気は、ない)
壊れない範囲で、下に置く。
それが目的。
終わるとき、誰も何も言わない。
足音だけが去っていく。
遥は、しばらく床に座ったまま、呼吸を整えた。
(……俺、何も言わなかった)
言えなかった。
でも、言わなかった。
(自己責任、ってことにされる)
そう思う。
同時に、それを受け入れようとしている自分に気づく。
(それで済むなら、楽だから)
立ち上がる。
制服についた埃を払う。
廊下の先に、人影があった。
日下部だ。
一瞬、目が合いそうになる。
すぐに、逸らされる。
(……ああ)
分かった。
これは、続く。
遠慮は、もうない。
でも、完全に壊す段階でもない。
(……まだ、次がある)
理由は分からない。
ただ、そう感じた。
胸の奥で、微かな違和感が、まだ消えていなかった。
拒絶とも呼べないそれが、
今日も、かろうじて息をしている。