テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#成り上がり
#死に戻り
#ハッピーエンド
114
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
祭りまで三日前の夜、ラゴーナの町は早めに静まった。昼間の慌ただしさが嘘みたいに、石畳には靴音ひとつ響かない。
シェルターの戸締まりを終えたサベリオは、工具箱を片手に帰り道を歩いていた。昼のうちに見つけた橋の脇の緩んだ金具が気になって、遠回りになるのに星降る橋のほうへ足を向ける。
空には雲が薄く流れ、満月前の月が川に細い光を落としていた。
橋のたもとまで来たところで、サベリオは立ち止まった。
人影が二つあった。
一人はすぐにわかった。デシアだった。欄干の近くに立ち、いつもの録音機ではなく、紙の封筒のようなものを抱えている。もう一人は外套の襟を立てていて、顔が暗がりに沈んでいた。背は高い。町の若者ではなさそうだ。
話し声は風にちぎられ、ところどころしか聞こえない。
「……本番のあとで」
「……町の音だけで?」
「……それでも、私は……」
デシアの声は昼間より硬かった。笑っていない。相手も責めるふうではないのに、橋の上の空気だけが妙に張って見える。
サベリオは思わず橋脚の陰に身を寄せた。盗み聞きするつもりはなかった。けれど今ここで出ていくのも違う気がして、足が動かない。
相手が何かを差し出した。紙か、薄い箱か。デシアは受け取らず、首を横に振る。かわりに封筒をぎゅっと抱きしめるように持ち直した。
やがて話は短く終わった。相手は橋の反対側へ去り、デシアだけがしばらく欄干に手を置いたまま立っていた。風が彼女の髪を揺らしている。
その背中を見た瞬間、サベリオの胸に、理由のわからない不安が差し込んだ。
祭りのことだろうか。学校のことだろうか。もっと別の、サベリオの知らない何かだろうか。
やっと足音を立てて近づくと、デシアは振り向き、明らかに驚いた顔をした。
「どうしたの、こんな時間に」
「金具を見に来た。そっちは」
「少し確認」
「誰かいた?」
聞いてから、まずかったと思った。
デシアは一拍だけ黙り、それからいつもの静かな顔に戻った。
「いたよ」
それ以上は言わなかった。
サベリオも、そこで踏み込めなかった。川の音だけが橋の下で続いている。さっきまで誰かと話していた場所に、今は二人分の沈黙が落ちていた。
「遅いから送る」
ようやくそれだけ言うと、デシアは小さく頷いた。
並んで歩きながらも、サベリオの頭の中には、橋の上の光景が残り続けた。封筒。低い声。あの硬い表情。
春の夜はやわらかいはずなのに、その日だけはどこか冷たかった。