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空乃 美晴
89
雨晒しの原稿用紙
その夜、試作の方向は何度も行き詰まった。
耳を丸くすると古く見えすぎる。細くすると頼りない。色を明るくすると、やさしさより安っぽさが勝ってしまう。机いっぱいに並んだラフスケッチを前に、クリストルンはうなった。
「何かが違う……」
「全部違う」
ディトが遠慮なく言う。
「そこまで言う?」
「言う。抱いたときの安心が見えてこない」
ヒューバートは古布を次々重ね、ペトロニオは「このくま、ちょっと偉そう」と余計な感想を挟み、ルチノは黙って消しゴムのかすを集めていた。
クリストルンは深く息をつくと、胸ポケットから母のリボンを取り出した。
柔らかな布は、何度も触っているのに、いまだに新しい感情を連れてくる。
「それだ」
ヒューバートの声が弾む。
「え?」
「今の顔。その顔になる理由が、形の外にある」
彼はリボンを指さした。
「豪華じゃない。目立たない。でも、ほどけそうでほどけない。触ると安心する。あれを形にすればいい」
クリストルンはリボンを膝の上に置き、そっと撫でる。
母の嫁入り道具に結ばれていた、静かな布。誰かに見せるためではなく、大切なものがばらばらにならないように結ぶためのもの。
「抱いたとき、ぎゅっと縛る感じじゃなくて」
「うん」
「やわらかく戻ってくる感じ」
つぶやくと、ルチノが静かにうなずいた。
「ほどけないために強く結ぶんじゃない。ほどけても、また結び直せる形にする」
その言葉に、クリストルンは顔を上げる。
探していた輪郭が、ようやく一つに重なった気がした。
「耳は丸くしすぎない。少しだけ下げる。目は大きくしない」
「甘えすぎない表情にするのか」
ディトがメモを取る。
「うん。守ってって叫ぶんじゃなくて、そこにいてくれる感じ」
「中綿は?」
「ふわふわすぎない。抱いたとき、ちゃんと重みがあるほうがいい」
モンジェからの通話が入る。
『縫い目は外に見せすぎるな』
「お父さん?」
『見えないところで支えてるほうが、長持ちする』
「……分かった」
その一言まで、玩具の芯に溶けていく。
クリストルンは新しい紙を引き寄せた。
リボンを型紙の横に置く。
豪華さではなく、帰ってきたくなるやわらかさ。泣きたいときに、何も言わなくても抱きしめたくなる重さ。
鉛筆が、今度は迷わず動いた。
「できるかも」
小さくこぼした声に、奥座敷の空気が少し変わる。
ほどけそうで、ほどけない。
そんなぬいぐるみの輪郭が、やっと生まれ始めていた。
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