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『廊下』なんて場所でしっぽりとした行為に耽ってしまった為、柊也はルナールに横抱きで抱えられたまま、セフィルに指示された部屋に行く事になった。服も体も汗や白濁液で汚れ、自分で歩く気力も体力も残っていなかった柊也を運ぶと説得するのはとても容易で、ルナールは顔に笑みを浮かべっぱなしだ。
お風呂でも抱けたら嬉しいな、欲を言えばベッドでも……ふふふ——なんて、考えが止まらないが、柊也の酔いが覚めてやしないかもルナールは心配だった。
(よし、部屋に着いたらまずはお酒を勧めよう!)
そんな決意をされながら運ばれているなど露ほどにも思っていない柊也が、そっとルナールの胸に寄りかる。ルナールの逞しい胸と漂う甘い香りとで、柊也は本当に酔ってしまいそうだった。あれだけ『男なのに横抱きは勘弁してくれ』と思っていたはずなのに、いざやってもらうと、安心感と嬉しさが心を満たす。
(もうこんなふうに甘える機会は、無いかもしれない)
ならばもうちょっと甘えていたいなと思った柊也が胸に頰を軽くすり寄せると、ルナールの歩く速度が急に上がった。
「ちょっと部屋まで急ぎましょうか!」
「へ?あ、うん」
興奮気味のルナールとは対照的に、柊也はもうちょっとこの移動時間をのんびり楽しみたい気持ちであった事は、とてもじゃないが言えない雰囲気だった。
『水晶球での呼び出しが入っていますので、一段落したら別室まで来てもらってもいいでしょうか』
『……はい』
『お風呂のご用意も、着替えも全てセフィル様の指示通り済ませてありますので、どうぞご利用下さい。準備時間は一時間程度と見積もってよろしいですか?』
『……はい』
『では、一時間後にお迎えにあがります』
ルナールが足早に向かった先。目的の部屋の前に立っていた、小柄な猫型獣人とそんなやり取りをしたのは、今から十五分前の話だ。
服が乱れ、汗に濡れ、どっからどう見ても明らかに『事後』である二人にツッコミを入れる事も無く、無表情なまま、白と黒のメイド服を着た二足歩行の猫型獣人が尻尾を揺らしながら去って行く姿はヌイグルミみたいでとっても可愛いかったのに、柊也は直視出来なかった。
「アレって……絶対にバレてたよね。——だぁぁぁぁっ!後悔してもしきれない!」
頭からシャワーを浴びながらタイルの貼られた壁を叩き、柊也が叫んだ。
『一人で入る』と言い張り、先に風呂場を使わせてもらっているので急いで交代したいのはやまやまなのだが、体を洗い終わった後だというのになかなか此処から出られない。
『廊下』なんかで自分から襲ってしまった為、『アレは酔っていたせいでやったんだ』なんて平然とした面でルナールの顔を直視出来る気もしない。しかも昼間だったせいで色々と丸見えだったし、実際には微塵も酔っていなかったから自分への言い訳も出来る訳が無かった。
「……でも、すんごい気持ちよかったなぁ」
口元を手で隠してボソッと呟く。目が軽く潤んで、腹の奥が少し疼く。ちょっと思い出しただけでもう、ルナールの肌が恋しい気持ちで潰されそうだ。
「えっちがしたいだけの猿だぁ……これじゃあ」
へたり込むようにしゃがみ、柊也がため息をこぼす。『いい加減早く落ち着かないとな』と考えながら、目を瞑って彼はシャワーを見上げた。
顔面に思いっきりお湯がかかる。そのままぼぉっとしているうちに少しづつ気持ちも体も落ち着いてきて、柊也はその場で立ち上がった。
すぐ隣にある温かそうなお風呂をちらりと見て、柊也は一瞬入りたい気持ちになったが、交代しないと時間が足りなくなるなと諦めた。
柊也が引き戸を開けて脱衣場に出る。すると目の前に、戸をノックしようとしていた格好のルナールが立っていた。
見開いた状態の目と目が合い、どちらも思考停止して体が固まってしまっている。
「……す、すみません。湯加減や足りない物あったりはしないかと気になって来てみたのですが……」
先に口を開いたのは、もちろんルナールだ。
そんなルナールの視線が、柊也の顔から下へとゆっくりズレていき、彼は『眼福っ』と言いたげな表情で強く目を瞑って顔を少しだけ逸らした。
視線の動きと心境を瞬時に読み取った柊也の顔が真っ赤に染まり、慌ててバスタオルに手を伸ばす。急いでそれを腰に巻いて半身を隠すと、「お風呂空いたからどうぞ!」と不自然な程大きな声で言った。
「あ、はい!」
ルナールがそう言うなり、柊也の目の前で服を脱ぎ出す。
「あ、僕邪魔だよね!」
一切体を拭いておらず、びしょ濡れの体のまま腰に巻くタオルが落ちないよう押さえ、柊也が慌てて脱衣場から出ようとすると「待って!」とルナールに腕を掴まれた。
「ちゃんと拭かないとダメですよ」
水が滴り、キスマークが残る体にタオルを上からかけて、ルナールが柊也の頭や首を拭いていく。
「この間とは、逆ですね」なんて、ルナールが楽しそうに言うもんだから、柊也は胸の奥をじわりと掴まれた様な気がした。
(何で気が付いちゃったかなぁ。『好き』なんて気持ちなんか知らないままだったら、こんなふうに、ぎこちない態度なんかせず、ただこの優しさに甘えていられたのに……)
素直に髪の毛を拭いてもらいながら、柊也がそんな事を考えてしまう。
(『人として好きだ』ってだけで充分だったじゃないか。どうせ僕は長くは此処に居られないんだから。なのにどうして……何で……)
尽きぬ後悔と嬉しさが入り混じり、柊也がそっと瞼を閉て 「そうだね、あはは」と返した。
こんなやり取りさえも、後何回出来るのかな——と、つい考えてしまう。
ルナールの前身から溢れ出る『トウヤ様大好き』な態度をこれ程まで前にしても、その事に気付かぬ程、盲目的に柊也は自分の恋心にしか目がいっていなかった。
『恋は盲目』
本来の意味とは若干違えども、そんな言葉がピッタリな状態の様だ。
一時間が経過し、秒単位もズレずに、扉をノックする音が獣人用の来客室に響いた。
「はい」と柊也が返事をし、座っていた椅子から立ち上がる。
「失礼いたします。お迎えにあがりました」
入り口まで移動したルナールが扉を開けながら、「今行きますね」と声に対して答えると、猫タイプの獣人メイドが綺麗に頭を下げる。まんま柊也の知る猫と同サイズなので巨人族の住まいで働くのはとっても大変そうだが、キリリと引き締まった口元と凛々しい目付きは完全に『出来る女』だった。
そんな彼女の案内に従い、柊也とルナールが水晶球の置いてある部屋へと向かう。落ち着かぬ広さの廊下も、彼女の背を見ながらだと不思議と癒されてどうでもよくなってくる。柊也が一種のアニマルセラピーを受けているに近い状態に陥ったまま歩いていると、すぐに目的地へと辿り着いた。
「こちらでございます」
小さい体で難無く扉を開けて、猫獣人メイドさんが部屋の中に案内してくれる。高らかにジャンプしてドアノブを回した瞬間を見た時は、柊也は悶絶しながら喜びそうになった。
「ありがとうございます」
ルナールが礼を言い、柊也の背中にそっと手を添える。揃って中に入ると、柊也は部屋の中をキョロっと見回した。
「私はこれで失礼致します。部屋へのお戻りのタイミングなどはご自由にどうぞ」
勝手に帰れるよな?と視線だけで問われ、「はい」と柊也達が頷く。お忙しい方なのだろうなと、その瞬間色々察した。
装飾品の少ないシンプルな壁に囲まれ、部屋の中心には木製の丸いテーブルと水晶球、あとは椅子が四脚あるだけのこの部屋は、天井は廊下並みに高かったが、広さは教室程度のものだ。扉といい、室内の広さといい、明らかに巨人族が使えるサイズでは無く、急拵えで作った部屋といった感じだ。アグリオスが小人化した時にでも適当に用意したのかな?といった雰囲気がある。
(電話とかスマホとか、急に連絡がくるかもしれない物は、仕事中は遠くに置いておきたい派なのかもな、アグリオスさんは)
一人勝手に納得しながら柊也が椅子に座ると、タイミングを見計らった様に水晶球が光り輝き、『トウヤ様、ルナール様。お話しできますかな?』と聞き慣れた声が部屋に響いた。
そう。響いた、のだ。
柊也が耳に手を当ててテーブルに突っ伏し、意表を突かれたルナールが獣耳を思いっきり押さえてその場にしゃがんでいる。キーンッとした耳鳴りが頭の中で鳴り続け、他の音が聞こえない。『ウネグの声は兵器かよ!』と心の中でツッコミつつ、柊也がゆっくり体勢を持ち直す。ルナールが慌てて立ち上がり、「小声でお願いします!」と念を押しながら、水晶球に魔力を少し流した。
迫力あるドアップのウネグが水晶球に映し出され、今回も距離が近いなぁと柊也達は思った。
『やあやあ、どうも!すみませんなぁ、昨日の今日でまた時間を取らせてしまって』
「いいんですよ、何かあったんですか?」
『魔物の件でございます。お二人のお話をお聞きして、随分暴れているなと思ったので調べたのですが、お二人が周った地域以外からは、やはり同様の事例は存在せんのですわ』
「じゃあ……」
「確実に我々を狙っての行動ですね」
何か恨まれる様な事なんかしただろうか?と柊也は一瞬考えたが、【純なる子】であるというだけで気に入らない者もいるのかもしれないとすぐに納得した。此処に来てまだ二ヶ月程度だ。そんな期間では、恨みを買おうにもわざわざそう行動しないと難しいだろう。
「私が……という可能性もありますけどね」
「ルナールが?何で?」
「トウヤ様にお会いする前は、まぁ……口を開けば反感ばかり買っていましたので」
「……あぁ」
たまに口撃的なルナールを思い出し、柊也はちょっと納得してしまった。言っている事は正しいのだが、言い方が問題だ。それでも皆が皆反感を持つ訳でもないので、それなりに知人も居るのだろうなと思うと、自分の知らないルナールがいるという些細な事にまでムッとしてしまう。
(今のルナールすら自分のもんじゃないのに、過去まで欲しいとか……欲深過ぎだろ!)
この世界にも居るらしいもう一人の自分。会った事も無いルナールの知人。そんな存在に嫉妬心を感じる自分に呆れて、柊也は深いため息をついた。
ガタンッ!
突然、閉じられた扉の奥で大きな音がした事にルナールが気が付いた。
だだっ広い廊下を挟んだ対面の部屋からの音だった為、柊也の耳には微かにしか聞こえていない。『獣人』だからこそ、きちんと聞き取れた音だった。
ルナールが獣耳を傾けて視線を廊下側へやるが、音がこちらへと近づいて来る気配は無い。無いのだが、何かが這う様な気味の悪い音が遠くでし続け、どうしても気になってしまう。
『ですが、お二人を恨むというのも想像がつきませんなぁ。巫女や神官からくる報告は全て、好感度の高い内容ばかりでしたのでなぁ』
「……て、照れますね」
柊也が鼻の頭を指先でかき、わかりやすく照れた反応をする。 一方ルナールは、ウネグの話は聞いておらず、廊下の方に音も無く歩き出した。
「どうしたの?ルナール」
「部屋の外で気になる音がするので、ちょっと見て来ます。何かありましたら大きな声で呼んで下さいね」
「あ、うん。わかった。気を付けてね」
「はい」
軽く頷き、ルナールが部屋を出る。警備の厳しい記録院の中なので心配はいらないだろうが、柊也を一人にするのはやはり気掛かりだった為、音のする方には走って向かった。
『話を続けてもよろしいですかな?』
「はい、すみませんでした」
『我らの様に完全に解呪したい者と、抑え込んで良しとする者達が居る事は前にお話したと思うのですが、どうやらほんの一部の者が「現状維持」を望んでおる様なのです』
「現状維持、ですか?」
『まぁ、もうこの現象が始まって二十六年。今のままでもいいのではと思うのも、正直分からなくはないのですが……よりにもよってソレが——』
ウネグが唸りながらそう話している時、柊也座る椅子にヒビでも入っていたのか、左側の脚がいきなり折れて彼の体が椅子ごと床に勢いよく倒れた。同時に耳に届いたのは水晶球を砕くガシャンッ!という大きな音と、そこそこに重さのある物がテーブルの天板に突き刺さるドンッという鈍い音だった。
「……え?」
何が起きたのか分からず、自身が元居たはずのポジションに視線だけをやる。するとそこには、全身黒尽くめの服に身を包み、目深にフードを被った一人の男が武器を片手に「チッ」と舌打ちをしながら立っていた。