テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「チッ……。運の良い奴め」
水晶球の割れる音と、テーブルに『何か』が突き刺さるドンッという重たい音とが同時に柊也の耳に届き、柊也は唖然としながらも体を床の上で回転させて、黒い服を着た見知らぬ男から距離を取った。
テーブルに刺さった武器は諦め、別の短剣を手にした黒衣の男が次々に凶器を振り回しだしたものだから、柊也側に起き上がる余裕など皆無だ。
だが、繰り出される攻撃の数々を、床の上を転がるという行為だけで柊也が回避し続ける。こっちが危ない、次はあっちは危険だなど考える、歴戦の経験からくる判断力などもちろんある訳がない柊也は、動体視力にすら頼る事も出来ず、ただひたすら『勘』に任せて、転がって攻撃を避け続けた。
(目が回る!このままじゃ吐くわぁぁぁ!)
叫ぶ余裕も、助けを呼ぶ隙も無く、ボールの様にゴロゴロゴロゴロ——。
世界を救うはずの者とは到底思えぬ情けない姿ではあったが、黒衣の男の怒りを買い、彼の動きが雑になっていったおかげで危険度を下げる効果は十分にあったのだから驚きだ。
苛立ちをぶつける様に床を蹴り、黒衣の男が喚いた。
柊也としては至って真剣な攻防なのだが、やはり、相手からしたらふざけているようにしか感じられないみたいだ。
深く被るフードの奥に見える瞳が怒りに満ち、ちらりと見える金髪が汗でくたりとしている。肩で息をし、呼吸も雑になっていて、普段から運動をしている感じがない。自分と同じく、相手は体力自慢タイプでは無い者である事を柊也が察した。
(これならどうにか逃げ切れるかも⁈)
柊也が淡い期待をした瞬間、「いい加減死ねよ!」と叫びながら、また男が柊也に斬りかかってきた。
さっきの間で起き上がっておけばよかった!と柊也は後悔したが、時既に遅し。短剣で斬りかかられる攻撃を転がって回避という、当人同士は真剣勝負でも、側から見ては『コントか?』としか思えぬ光景に再び戻った。
だが、幸いにしてそんなやり取りはそう長くは続かなかった。
「何の音ですか!」
この場を離れていたルナールが、音を聞きつけて部屋へと戻って来たのだ。
「ルナール!」
「……くっ!」
黒衣の男の姿に気が付き、ルナールがすぐに左腕のブレスレットから武器を取り出し、ナイフをクナイの様に投げつける。
「うわぁ!」と情け無い声をあげながら黒衣の男はそれを辛うじて短剣で叩き落とすと、慌てて部屋の窓へと走り出し、体当たりしてガラスを壊しながら外へと飛び出して行った。
「今のは一体、にゃんの音ですかにゃぁぁ⁈」
大量の足音と気配が廊下側に出現し、『待て!』というルナールの言葉は口から出る前に消えた。黒衣の男の逃走よりも、可愛らしい猫獣人メイド・小隊バージョンの方に目がいってしまったのだ。
「訂正します!『一体何の音でしょうかぁ!』」
獣人達がわざわざ声を揃えて一斉に言い直した。
小さな武器をそれぞれが持ち、キリリとした目をする猫獣人メイド達が可愛過ぎて、襲撃犯への警戒心がルナールの中から塵の様に消えていく。
「——すぐに窓の修理を。お前は柊也様の手当てが必要か確認。セフィル様への報告はそちらに任せる。逃走犯の追尾は君に頼もう」
黒い執事服を着た三毛猫模様の猫獣人がメイド達の一団の後方から一匹現れ、指差し確認をしながら的確に指示をしていく。
グッタリと床に転がっている柊也に駆け寄り、ルナールが「大丈夫ですか?」と声をかけた。
柊也の体から血が出ている様子はない。だけど回り過ぎで乗り物酔いをした時みたいに吐きそうだし、頭痛も酷い。だが彼はやせ我慢をしつつ、腕を目元の上に置いて「平気ー。何とか逃げ切ったよ、あはは」と力無く答えた。
「良かったです。すみません、私が傍を離れたばかりに……」
ルナールが柊也を抱き締め、後悔の念から辛そうに顔をしかめた。当の本人である柊也は、ルナールの温かな体温と、テキパキと検診してくれる猫獣人メイドの愛らしさがあまりに強烈で、今さっきまで命を狙われたはずなのに怯えたような様子は微塵もなかった。
「ところで、音の正体はなんだったの?」
ルナールの腕をぽんぽんと軽く叩きながら、柊也が訊いた。
「廊下を挟んで対面の部屋に魔物が侵入していました。小型のゴブリンが十七体程、雑に描かれた魔法陣から召喚されていましたが、そちらは全て殲滅しておきましたので、もう問題はありません」
「十七体?その割にはすぐに戻って来たね」
そう言って、ぎょっとした顔を柊也がルナールに向ける。
(思っていたよりも長い間、僕は転がっていたとか?いやいや、んなわけないよね。長い時間逃げ切るとか、相手がアレでも、転がるだけじゃ無理だもん)
「あぁ、時間が惜しかったので、目が合った瞬間に部屋ごと奴等を凍らせてきました」
「随分と後処理が大変そうな方法を選んで、こっちへ来たんだね!」
「……失礼。『記録院』に『魔物』などと、まさかご冗談を?」
そう二人に声をかけてきたのは三毛猫執事さんだ。セフィルとお揃いのモノクルを右目につけていて、大きく凛々しい瞳にとっても似合っている。
「お疑いでしたらご確認を。向かいにある、すぐ側と言えなくもない部屋ですので。氷が少し廊下まで漏れてますから、見ればすぐにわかるかと」
「あ、いえ。侵入者があった時点で嘘だとは思ってはいないのです。ただ、気持ち的には信じられないというか、信じたくないというか……」
言葉を濁し、三毛猫執事さんが肉球の気持ち良さそうな手を口元にあてて「うーん」と唸り出した。
「……ルナール様はご存知でしょうが、ここ『記録院・バベル』はこの世の全ての『知恵』と『知識』を管理しているため、世界最高のセキュリティーシステムを誇った機関なのです。ですので、そうやすやすと侵入したりは決して出来ません。フリーパスで入る事が出来る者など、一部の特権階級の者。それこそ王族クラスの者達でなければ、貴族であろうと全て予約制で、審査も厳しく行なっているのです」
「まぁ、そうですよね」
ルナールが頷いて応え、柊也も納得している。
「どこも怪我はないので、ご安心を」と猫獣人メイドの一匹に小声で言われ、柊也がメイドさんに促されつつ、無事だった椅子に座った。
三毛猫執事さんが猫獣人メイドに『よし、お前は仕事に戻れ』という顔で軽く頷き、言葉を続ける。
「——ですので今回の騒動は、『特権階級の者が、ここのセキュリティーの厳しさをすっかり忘れて、普通に入ってきた後、侵入者のフリをしちゃいました』といった感じなので……失礼ながら『バカか?』と」
モノクルの奥に見える凛々しい瞳が遠い目になっている。もうわざわざ黒衣の男を追うまでもなく、『犯人はお前だ!』と探偵の様に指をさしながら言える程、三毛猫執事さんは侵入者の見当がついているみたいだ。
「……えー、今回の件は私の方からセフィル様に御報告を。ルナール様は是非とも穏便に願います。此度の件は、私の推測が正しいのなら手に余る事案ですので」
「わかりました。トウヤ様に直接危害を加えようとした事に関しては相手が死ぬまで一生許しませんが、今回の件はトウヤ様がご無事でしたので貴方の判断に従いましょう」
命拾いしたな、と言いたげな顔でルナールが頷いた。
「では、私共は片付けや報告、ゴブリンの処分などに入らせて頂きますので、これにて」
三毛猫執事は恭しく頭を下げると、周囲のメイド達の中へと再び消えて行った。
ただっ広い廊下を二人で進み、柊也達の為に用意された部屋へと戻って行く。
猫獣人達は皆、ルナールが凍らせた部屋の片付けや、何故か急に壊れた椅子の交換などに励んでいて二人を部屋まで案内する気はまるでない。だがその方が気が楽なので、柊也達は心の中で『猫さんお仕事お疲れ様です!』と言い、その場を後にしたのだった。
「んー執事さんもメイドさんも、みんな可愛かったね」
「はい、否定の余地がない程に」
横抱きに抱えられた状態の柊也に対してルナールが微笑みかける。
怪我は無くとも回り過ぎによる頭痛が辛く、三半規管が狂った様に目眩がして真っ直ぐに歩けそうになかった為、柊也は素直に横抱きで運んでもらっている。以前は散々『ルナールに横抱きされるなんて嫌だ!』と言っていた柊也なのに、なんかもう、そんな拘りなんかどうでもいい気持ちになってきているみたいだ。
「みんな『呪い』で猫になってるのか、元からああなのか……どっちなんだろう?」
「印が無かったので、元々ああいった種族の方々ですね」
「あ、もう『呪い』って言うべきじゃないのかな?『後悔の念』のせいって言うべき?」
「『呪い』のままで良いのでは?別の言い方に今更我々だけがしても、互いにこんがらがりますし」
「まぁ確かに」
二人は納得し、頷き合いながら、のんびりと獣人用の来客室へ向かい歩き続けた。
執事服をビシッと着た三毛猫模様の猫獣人が、セフィルの私室の扉をノックする。
「どうぞ」という声に従い室内へ入ると、彼は深々と主人に対し頭を下げた。
「セフィル様、ご報告にあがりました」
「柊華を見付けたのですか?」
「……いえ、そちらはまだ」
「では、下がって宜しい」
ソファーでくつろぎ、紅茶を飲みながらセフィルがバッサリと切り捨てた。 奥様大好きな主人のこの対応は予測済みではあったが、ここまで露骨に聞く耳無しとなると、三毛猫執事は溜息を吐きたい気分になった。
だがこれも仕事。美味しいお肉を毎日家族に食べさせるべく、不満に思う気持ちをぐっと飲み込み、めげる事無く言葉を続ける。
「柊也様の件です」
「ならば聞きましょう」
「……」
案の定手のひら返しをされ、これもまた想定済みではあっても、三毛猫執事は正直ちょっとイラッとした。『だが私は大人な猫。子供の様な態度の主人に従うなど造作もない事です』と己に言い聞かせながら口を開く。
「……記録院の建物内に侵入者が現れ、柊也様が攻撃を受けました。同じ者が召喚したと思われるゴブリンはルナール様が部屋ごと凍結処理をしたので、巨人族の方々の協力も得ながら解凍中です」
「お義兄様に怪我はなかったですか?まぁ……ルナール様が御一緒なら心配はいらないでしょうが」
「大量のゴブリンを召喚する事でルナール様を別室へと引きつけ、その隙に柊也様だけになった部屋へと襲撃犯が現れた様です。が、回避に回避を重ね、柊也様は無傷です」
「襲撃犯もちょっとは頭を使った様ですね。ですが、【純なる子】である方の柊也お義兄様を殺そうとは……何を考えているのやら」
ふぅと息を吐き、セフィルが言葉を続ける。
「まぁ、結果的にはこれで良かったです。柊也お義兄様が怪我でもしたら、襲撃犯はルナール様に殺されていたでしょうから」
「同感です。私の推測通りの者が犯人だった場合、相当拗れる結果になったかと思いますので、柊也様が無傷で何よりでした」
「まぁ……もしルナール様が情をかけて許しても、私が殺したでしょうからねぇ」
口元に手をあてて、セフィルがクスクスと笑った。
「そうなった場合は更に事態が拗れるので、そうはならずに済み、心から安堵するばかりでございます」
三毛猫執事はあからさまに安堵し、胸を撫で下ろした。
「——で?襲撃犯は誰だと睨んでいるんですか?君は」
「……私をお試しになっておられるのですか?とっくに襲撃犯が誰かをご存知の上で、暇潰し程度の気持ちで敢えて侵入を許したのでは?」
「ふふふ……さぁどうでしょうね。二人の仲がより深まる何かしらのトラブル程度を期待していた事は、認めましょうか」
肩を軽く揺らしながらセフィルが笑うと、『このお人は……』と言いたげな顔を三毛猫執事がした。
「後処理は任せます」
「御意」
主人の言葉に対し、三毛猫執事頭を下げる。
「あ、柊華さんを捜索も引き続き行って下さいね。私の居ない場所にばかりに移動して、私を焦らす作戦の様ですから」
セフィルの発言に対し『違うニャ。しつこい夜伽に嫌気がさして、逃げられているだですニャ』と思った本心を三毛猫執事は言葉にはしなかった。