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午前の休み時間。
チャイムが鳴ると同時に、空気が変わった。
女子たちが視線を交わす。
“今日の当番”が誰か、すでに決まっているような無言の合図。
「遥、ちょっと来て」
明るく、表面だけは普通の声。
しかし、その声音の裏にある“強制”を、遥は嫌というほど知っていた。
拒否権はない。
拒めば、放課後に男子の“補習”がつく。
日下部が席を立ちかけた。
だが、遥が一瞬だけ目で制した。
――巻き込みたくねぇ。
そのわずかな躊躇を、女子たちは見逃さない。
「安心していいよ日下部くん。別に変なことしないから」
その言い方が逆に、すべてを暗示していた。
遥は引きずられるように廊下に出される。
向かう場所は決まっている。
“空き教室”。
教師が来ないことを全員が知っている安全地帯。
扉が閉められた瞬間、空気が張りつめた。
「ほら、立って。そこ」
一人の女子が、黒板の前を指さす。
遥は渋々立つ。
背中の痛みで姿勢が崩れそうになるが、それを見せれば“弱点”になる。
「昨日、男子から何されたか言ってみ?」
「……別に」
「“別に”ばっかじゃん。学習しないよね」
女子はため息をつき、バッグを机に置いた。
そこから取り出したのは、ただのノート。
だが、彼女らが使えば、それは“道具”になる。
「じゃ、今日のメニュー。
――“無自覚の言質取り”」
その言葉に、遥の背筋が冷たくなる。
女子による“担当”は、男子のように乱暴ではない。
一見すると会話。
一見すると指導。
一見すると善意。
だから逃げ場がない。
「ねぇ、遥。昨日の放課後、どうだった? 家、平和?」
笑顔。
その笑顔が一番残酷だ。
「……普通だよ」
「普通ってどんな? 言って?」
「……言えるわけねぇだろ」
「言えないのは、“言ったら困ることがあるから”でしょ?」
言葉を重ねるごとに、逃げ道が塞がれていく。
「じゃあ質問変えるね。
兄弟、怒ってた?」
その瞬間、心臓がひとつ大きく跳ねた。
女子たちは“勘”ではなく、確信で聞いている。
家の影を学校で利用する。
それが“女子担当の役割”。
「怒られてないなら、ほら、顔上げて? 目、そらさないで。
……できないのはなんで?」
遥は唇を噛み、視線を床に落とす。
その反応を見て、女子の口元がゆっくりと歪んだ。
「やっぱり怒られたんだ。
じゃあ、今日も手出しできないよね? 声も出せないよね?」
言葉で縛られていく感覚。
罠の上で、踏み場所が存在しない。
さらに、別の女子が近づき、指で遥の肩を押した。
軽く触れただけ――しかし。
「いっ……」
背中の激痛に、声が漏れた。
瞬間、女子たちは顔を見合わせて笑う。
「うわ、本当に痛いんだ。
誰にやられたの?」
「……言わねぇよ」
「言わないってことは、“言えない相手”なんだよね。
――兄弟?」
身体よりも心を殴る質問。
逃げても無駄。
黙っても追い詰められる。
「じゃあ、今日の〆」
女子の一人が黒板にチョークを打ちつけるように書いた。
『今日の奴隷の評価:沈黙=肯定』
「反論しなかったら“肯定”ね。
それで決まり」
遥は黙るしかなかった。
黙ることが、彼らのルールでは“服従”に変換される。
家と同じだ。
逆らえない構造が、そのまま学校に持ち込まれている。
チャイムが鳴ると、女子たちは何事もなかったように教室へ戻る。
遥はしばらく動けなかった。
背中が痛い。
胸が痛い。
喉の奥が、何かに締めつけられている。
教室に戻ると、日下部が席から立とうとした。
その顔には、言葉にできない不安が滲んでいる。
「遥……?」
「……大丈夫。
何も……されてねぇよ」
その嘘は、誰より遥自身を傷つけるものだった。