テラーノベル
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水泳の時間。
更衣室は、湿った空気で満ちている。
床が少し濡れていて、足音がやけに響く。
笑い声も、壁に反射して広がる。
服を脱ぐ。
その動作一つ一つが、遅く感じる。
見られている気がする。
実際に見られているかどうかは分からない。
でも、視線の気配はある。
シャツを脱いだ瞬間、空気が変わる。
「……なあ」
誰かの声。
近い。
「それ何?」
腕を指される。
青黒く残った痣。
昨日の。
隠せない。
隠しようがない。
「別に」
短く返す。
「別に、って何」
すぐ返ってくる。
笑いが混じる。
「普通そうならねえだろ」
「どんな生活してんの?」
別の声。
背中に視線が集まる。
振り返らなくても分かる。
全部見られている。
「うわ、こっちも」
肩を軽く叩かれる。
触れられる。
そこも、痛い場所。
「なんかさ」
笑いながら。
「ボロすぎね?」
その一言で、空気が固まる。
“ボロ”
言葉が残る。
体を見下ろす。
確かに、綺麗じゃない。
痣。
引っかき傷。切り傷。
うっすら残る火傷の跡。
全部、残っている。
消えていない。
「お前さ」
近づかれる。
距離が詰まる。
「ちゃんと人間やってる?」
笑い。
「それともさ」
少し間。
「もう壊れてんの?」
周りが笑う。
軽く。
でも、逃げ場はない。
「……違う」
小さく言う。
「違う?」
すぐに拾われる。
「じゃあ何」
言葉が出ない。
出した瞬間、また何かが変わるのが分かる。
黙る。
それが答えになる。
「ほら、見ろよ」
誰かが言う。
他のやつに向かって。
「これ」
腕を掴まれる。
強く。
「やめて」
反射で出る。
すぐに空気が変わる。
「やめて?」
低く繰り返される。
「誰に言ってんの?」
距離がさらに詰まる。
「見せてるだけだろ」
正当化。
逃げ道を塞ぐ言葉。
「隠すなよ」
腕を引かれる。
痣が、はっきり露出する。
「ほら」
周りに見せる。
「これで普通とか言ってんの?」
笑い。
「キモ」
短い言葉。
でも、強く残る。
キモい。
その一言で、全部がまとめられる。
理由も過程も関係なくなる。
ただ、そういうものとして扱われる。
「水入ったらさ」
誰かが言う。
「しみるんじゃね?」
笑い。
「染みてろよ」
軽く。
でも、逃げ場はない。
プールサイド。
コンクリートが熱を持っている。
足裏がじわっと焼ける。
並ばされる。
教師は前にいる。
こっちを見ている。
でも、見ていない。
「なあ」
横から。
小さい声。
「飛び込むなよ」
意味が一瞬分からない。
「ゆっくり入れ」
笑いを噛み殺した声。
「どうなるか見たいから」
その一言で、理解する。
拒否できない。
順番が来る。
前に出る。
視線が集まる。
逃げ場はない。
水面が近い。
反射で、一瞬ためらう。
その一瞬。
背中に手が当たる。
押される。
「早くしろよ」
低い声。
足が水に触れる。
その瞬間。
痛みが走る。
鋭く。
思っていたより強い。
息が止まる。
でも、止まれない。
そのまま入る。
水が、傷に触れる。
一気に広がる。
細かいところまで、全部。
逃げ場がない。
「どう?」
上から声。
笑い。
「痛い?」
答えない。
答えたら、続く。
分かっている。
「ほら」
水がかけられる。
わざと。
同じ場所に。
痛みが増す。
反射で顔が歪む。
それを見て、笑いが広がる。
「やっぱ効いてるじゃん」
「いいね」
軽い評価。
ゲームみたいに。
「もっとやれよ」
誰かが言う。
水が、またかかる。
逃げられない。
逃げたら、別の何かが来る。
分かっている。
耐える。
何も言わない。
それだけが、唯一の選択になる。
水の中で、体を縮める。
できるだけ触れないように。
でも、無理。
全部、触れる。
全部、染みる。
「なあ」
また声。
「それさ」
少し間。
「全部、自分でやったの?」
笑い。
「それともさ」
さらに間。
「そうされる側?」
言葉が刺さる。
でも、返さない。
返したら、続く。
分かっている。
だから、何も言わない。
水の中で、ただ立つ。
痛みと、視線と、言葉をそのまま受ける。
頭の中で、少しずつ整理が変わる。
これは、避けられない。
避けようとすると、悪化する。
だったら、
最初から、受けるしかない。
そうすれば、
少しは早く終わる。
そう思うしか、なくなる。
コメント
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うわ……息が苦しくなった。83話、読んでてずっと胸がぎゅってなってた。 「ボロすぎね?」とか「キモ」とか、軽く投げかけられる言葉が一つ一つ刃物みたいで。主人公が「耐える。何も言わない。それだけが唯一の選択」って諦めてるところが、もう本当に痛かった。水が傷に染みるシーン、自分まで痛くなったよ。 でも、それでも「そうするしかなくなる」って折り合いをつける主人公の心境、すごくリアルで。ruruhaさんの描く闇の空気感、いつも刺さる。この先、少しでも救いがあるといいな……。でも、今はただ、この話を受け止めたよ。