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遥は、朝になると体が先に目を覚ます。目覚ましが鳴る前に。
起きなければ、と思うより先に、起きていなければいけない、という感覚がある。
家では、機嫌を外すと壊れる。
学校では、何もしていなくても壊される。
だから遥は、常に“失敗しない状態”でいようとする。
失敗しない、というのは――
怒らせないこと。
期待させないこと。
助けを求めないこと。
「……」
玄関を出るとき、声を出す必要はない。
出ていくこと自体が、許可された行動かどうかを考えるだけだ。
学校でも同じだった。
教室に入るとき、遥は必ず一拍置く。
空気を読むためではない。
“入っていい側かどうか”を確認するためだ。
誰も何も言わない。
だから、入る。
席に着いて、ノートを開く。
板書を写す。
質問はしない。
当てられないように、視線を下げる。
苦しい、と感じる余地を消すように。
遥の中には、はっきりしたルールがある。
――助けられた人間は、もう苦しんではいけない。
――守られた人間は、それ以上を望んではいけない。
それは誰かに言われた言葉じゃない。
ただ、そうでなければ生き残れなかった。
「助けてもらったのに」
「守ってもらったのに」
その後に続く言葉を、遥は知っている。
だから、先に黙る。
先に諦める。
先に、何も感じないふりをする。
昼休み、廊下の端。
壁にもたれて立つのは、座ると戻れなくなる気がするからだ。
誰かが通る。
視線が一瞬、遥をかすめる。
それだけで、背中が強張る。
――今、何か言ったらどうなる。
「つらい」と言えば、
“助けてもらったじゃないか”になる。
「もう無理」と言えば、
“それでも生きてるだろ”になる。
言われたわけじゃない。
でも、そう“なる”と分かっている。
遥の世界では、
存在はいつも条件付きだ。
生きていていい条件。
ここにいていい条件。
声を出していい条件。
その条件を一度でも越えたら、
すべてが取り消される。
だから遥は、
助けられた瞬間から、
“次は許されない側”になる。
守られた瞬間から、
“これ以上望めない側”になる。
それを不公平だとは思わない。
そういうものだと思っている。
救われた、という事実は、
希望じゃない。
免罪符でもない。
――ただの制限だ。
遥は今日も、何も言わずに立っている。
壊れないように。
迷惑をかけないように。
「救われた側」として、正しくあるために。
その息苦しさを、
遥自身だけが、
まだ名前を持たずに抱えている。