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日下部は、遥の言葉をいつも一拍遅れて受け取る。
否定しようとする前に、
「違う」と言い切る前に、
自分の中に引っかかるものがあるからだ。
「……最近、どうだ」
それは確認だった。
責めるつもりも、評価するつもりもない。
ただ、放っておくのが怖かった。
遥は少し間を置いて、曖昧に笑う。
「別に。前と同じ」
その“前”が、どの前なのか、日下部には分からない。
助ける前か、助けた後か。
止める前か、止めた後か。
「同じ、って……」
言いかけて、日下部は口を閉じる。
掘り下げると、どこに触れるか分からない。
「無理はしてないか?」
「……してない」
即答だった。
あまりに早くて、逆に不安になる。
日下部は思う。
――助けたんだから、楽になれ、なんて思ってない。
――感謝しろとも、立ち直れとも、言うつもりはない。
それは本心だ。
でも同時に、別の考えが、どうしても消えない。
――助けた以上、次は止めなきゃいけない。
――見逃したら、同じことになる。
「何かあったら、すぐ言え」
それは命令じゃない。
約束でもない。
ただの願いに近い。
遥は少しだけ視線を逸らす。
「……ああ」
その返事が、日下部を安心させない。
「言いづらいなら、言い方は何でもいい」 「……」
「黙っててもいい。顔だけでも見せてくれれば」
言いながら、日下部は気づいている。
これは“逃がさない言葉”だ。
責めていない。
縛るつもりもない。
それでも結果として、離れる余地を塞いでいる。
遥が小さく言う。
「日下部は……」
「ん?」
「……俺がまた何か言ったら、困るよな」
その一言に、日下部の胸が詰まる。
「困らない」
即座に否定する。
「困らない。そんなこと、ない」
それは嘘じゃない。
でも、遥は首を振る。
「俺が変なこと言うと、日下部、顔変わるから」
言葉は静かだった。
責める調子でもない。
ただ、事実を述べているだけ。
日下部は言い返せない。
確かに、変わる。
声が低くなって、
視線が鋭くなって、
次の“最悪”を探し始める。
「……心配してるだけだ」
それが精一杯だった。
遥はそれ以上、何も言わなかった。
納得したわけでも、反発したわけでもない。
ただ、距離を一歩下げるように、会話を終わらせる。
日下部は一人になってから、ようやく考える。
――「苦しいと言うな」とは思っていない。
――「もう終わっただろ」とも思っていない。
でも、
――「次は起きないようにしなきゃ」
――「またあの場面に戻らせたくない」
その必死さが、
遥には別の意味に変換されている。
助けた側の責任。
見捨てられないという義務感。
それが、
“もうこれ以上、壊れるな”
“同じことを繰り返すな”
という圧になっている可能性を、
日下部は、まだ、はっきりとは認められない。
守っているつもりで、
近づきすぎているかもしれない、
という考えを。