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依頼人は、年表をじっと見つめていた。指でなぞるように、事件当日から現在までの流れを追っている。言葉は出てこない。
「……つまり」
沈黙を破ったのは真琴だった。声は柔らかい。
「今の生活や周囲の評価を見る限り、特に問題は見当たりません」
「無罪判決は、妥当だったと考えられます」
玲が淡々と補足する。
依頼人は小さく息を吐いた。
「そう、ですか」
声は落ち着いているが、納得しているとは言い切れない。
燈は椅子にもたれたまま、口を挟む。
「少なくとも、“今さら何か出てくる”って感じはしないですね」
「……あなたたちも、そう思うんですか」
依頼人の視線が四人を順に移る。
真琴は笑って頷いた。
「思いますよ。全員」
「うん」
玲も短く肯定する。
澪は少し遅れて、小さく頷いた。
燈は肩をすくめた。
「思わなきゃ、ここまで整理しない」
その言い方に、依頼人は苦笑した。
「率直ですね」
「そういう性分なんで」
燈は悪びれない。
依頼人はもう一度、年表に目を落とした。
「……三年前のこと、今でも引きずってるのは、私の方かもしれませんね」
「それは、普通だと思います」
真琴が言う。
「事件が“終わった形”になっても、気持ちが追いつかないことはあります」
「でも」
依頼人は視線を上げる。
「あなたたちが言うなら……区切りをつけてもいい、気はします」
玲が静かに言った。
「事実として言えるのは、それだけです。気持ちの部分までは、判断できません」
「十分です」
依頼人は深く頭を下げた。
「ありがとうございました」
扉が閉まる音がして、事務所に静けさが戻る。
「……終わったな」
燈が言う。
「終わったね」
真琴が答える。
「依頼としては」
玲が確認する。
「完了」
「完了」
燈も同意する。
その空気の中で、澪だけが机の上の年表を見つめていた。
「どうした?」
真琴が気づいて声をかける。
「……いや」
澪は首を振った。
「分かりやすいなって思って」
「それ、さっきも言ってたね」
真琴が笑う。
「いいことじゃない?」
「うん。説明は、すごく通る」
澪は言葉を選ぶように続けた。
「通りすぎるくらい」
燈が反応する。
「まだ言う?」
「言わない」
澪はすぐに引いた。
「今は」
玲がホワイトボードを消しながら言う。
「“今は”でいいと思う」
「だよね」
真琴が頷く。
「違和感だけで、結論は変えられない」
「違和感は違和感」
燈が言う。
「証拠じゃない」
澪は何も言わなかった。
年表を片付ける伊藤の手元を、一瞬だけ見てから、視線を逸らす。
伊藤は変わらず穏やかな表情で、資料をファイルに戻していた。
「お疲れさま」
その一言で、この件は本当に終わったように見えた。
少なくとも、探偵社としては。
事務所には、いつもの空気が戻る。
結論は出た。
ただ――
澪の胸の奥に、小さな引っかかりだけが残っていた。
それが何なのか、まだ言葉にはならないまま。