テラーノベル
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夜店の明かりが背後ににじんでいく。耳元で聞こえるのは遠くの太鼓と、日下部の不器用な呼吸だけだった。
「なあ……」
ぽつりと落とされたその声に、遥は振り向きかけて、それを途中でやめた。
光の届かない路地、彼の視線が、肩に落ちた浴衣の襟を見ているのを、知っていた。
「……変なこと、言うかもだけどさ」
日下部の手が、遥の指先にそっと触れた。
握るでもなく、繋ぐでもない。その距離は曖昧で、ぎこちなくて、けれど痛いほど真っ直ぐだった。
「……オレ、たぶん、もう、好きとか……そういうの、わかんなくなってたんだけど……」
遥は黙っていた。
それを止めも、促しもしなかった。ただ、指先の熱だけを確かめていた。
──その熱が、自分の価値とは関係なく与えられていることが、怖くて仕方なかった。
「おまえが誰かと……そういうことするの、想像すると、変になりそうで……」
日下部の声が低くかすれる。
遥は少しだけ息を飲んだ。性的な意味に慣れている自分なら、ここで何か冗談を言うか、肩を預けるかしたはずだった。
でも今、何もできなかった。
「……したい、とか、そういうのじゃなくてさ……いや、違う、そういうのもあるけど……」
「……わかってる」
遥の声は、誰にも届かないような小ささだった。
嘘じゃない。でも、自分には似合わない言葉だった。
「でも……オレ、汚いよ」
その一言に、日下部の手が初めてしっかりと遥の指を掴んだ。
「バカ。そんなふうに言うなよ」
熱かった。触れ方が、優しすぎて。
──だから余計に、怖くて、泣きそうになった。
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