テラーノベル
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日下部は、以前と同じ時間に学校へ来ている。
同じ道、同じ昇降口、同じ教室。
違うのは、立ち止まらなくなったことだけだ。
(……関係ない)
そう言い切れるようになるまで、少し時間がかかった。
でも、今はもう口に出さなくてもいい。
周囲の会話は耳に入る。
入ってくるのに、拾わない。
「例の音、回ってるらしいぞ」
「マジで?」
「まぁ、今さらだろ」
(……今さら)
その言葉が、妙に現実的で、胸に残る。
遥の名前は出ない。
出さなくても通じるからだ。
(それが、一番よくない)
分かっている。
分かっているから、視線を前に戻す。
昼休み。
階段裏の方から、短く、鈍い音。
殴る音。
蹴る音。
(……聞こえない)
そう思った瞬間、
“聞こえている”と自覚してしまう。
足が、止まりかける。
(行く理由が、ない)
正確には、
“行ける立場じゃない”。
切られた。
そう理解した時点で、
自分はもう、外側だ。
(……正しい)
関わらない。
深入りしない。
巻き込まれない。
それは、これまで自分が選び続けてきたやり方だ。
でも。
(……見ない、って)
ただの中立じゃない。
“見ない”は、
“許す”に一番近い。
教室に戻ると、空気が少しだけ重い。
誰かが、スマホを伏せる。
(……終わってない)
終わっていないことだけは、はっきり分かる。
蓮司の姿が、視界の端に入る。
笑っている。
いつも通りだ。
(……ああ)
納得がいく。
あいつは、
混乱している空気を嫌う。
だから、
一番静かで、
一番効く形を選ぶ。
(俺は、そこに入れなかった)
遥のことで、迷った。
完全に割り切れなかった。
それだけだ。
(……それだけ、なのに)
胸の奥に、薄い違和感が残る。
正しい選択をしたはずなのに、
なぜか、自分の立ち位置が
少しだけ低くなった気がする。
放課後。
校舎を出る前、
日下部は一度だけ振り返る。
遥はいない。
いるはずの場所に、いない。
(……もう、戻れない)
その事実を、
誰に言われるでもなく理解する。
助けなかった。
止めなかった。
声も、上げなかった。
(……だから)
切られたのは、
罰じゃない。
選択の、結果だ。
日下部は、靴を履き替え、校舎を出た。
背後で、また誰かが笑う声がした。
それを、
もう振り返らずに、歩いていった。
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