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朝の教室に入った瞬間、遥は分かった。
今日は、今までと違う。
空気が、露骨だった。
視線が集まる。
でも、誰も隠そうとしない。
「……まだ来てんの?」
小さく、でもはっきり聞こえる声。
笑いが起きる。
軽い。
遠慮がない。
(……ああ)
“居なくていい”じゃない。
“居るな”になった。
机がない。
正確には、教室の後ろに寄せられている。
「邪魔だからさ」
「端でいいよね?」
返事を待たない。
遥の鞄が、床に落とされる。
拾おうとした瞬間、足が出る。
踏まれる。
「触んな」
「汚れる」
(……汚れ)
昔から、そう呼ばれてきた。
家でも、学校でも。
でも今日は、全員がそれを共有している。
チャイムが鳴っても、誰も席につかない。
教師が来るまでの数分。
「ねえ」
「なんでまだ学校来てんの?」
真正面から言われる。
「もうさ、必要ないじゃん」
「居なくなったほうが、楽じゃね?」
笑いながら。
相談みたいな口調で。
(……楽)
その言葉が、胸に刺さる。
(俺が居ないほうが、楽)
今まで、何度も自分で言ってきた言葉だ。
それを、外から確定させられる。
教師が入ってくる。
静かになる。
授業は進む。
遥だけが、立ったまま。
「席、なくて」
「……ああ」
教師は一度だけ、遥を見る。
それで終わりだ。
(……認識された)
排除が、承認された。
休み時間。
廊下に出ると、壁に貼り紙が増えている。
『不要物は持ち込まないでください』
誰かが、遥を見る。
わざと、その紙を見る。
(……俺のことだ)
否定できない。
否定する言葉が、もう残っていない。
昼。
階段裏。
今日は、呼ばれない。
呼ばれないのに、行かされる。
背中を押される。
数人。
逃げ道はない。
「なあ」
「本音で言うけどさ」
腹に、鈍い衝撃。
「居なくなってくんない?」
脇腹。
息が、抜ける。
「死ねって言ってるわけじゃないよ?」 「ただ、消えてほしいだけ」
倒れたところに、蹴りが落ちる。
(……ああ)
痛みより先に、納得が来る。
(みんな、そう思ってるんだ)
今までの暴力も、無視も、嘲笑も、
全部この一文に集約される。
――居なくなってほしい。
「誰も困らないし」
「むしろ助かる」
その言葉が、
遥の中の“最後の踏みとどまり”を削る。
放課後。
校門の前。
日下部がいる。
目が合う。
ほんの一瞬。
日下部は、視線を逸らす。
それだけ。
(……あ)
責める気はない。
分かっている。
(俺が、居ちゃいけない)
その考えが、
初めて“選択肢”として立ち上がる。
蓮司の声が、背後で軽く落ちる。
「最近さ」
「空気、だいぶ整理されたよな」
誰に向けたでもない言葉。
でも、遥には分かる。
――居なくなる準備が整った。
胸の奥が、静かになる。
怖さより、疲れが勝つ。
(……もう、いいか)