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放課後の昇降口は、人がまばらだった。
靴箱の前で、遥は立ち尽くしている。
靴はある。
でも、履く意味が見つからない。
(……帰る場所、あったっけ)
そんなところに、日下部の足音が止まった。
「……遥」
名前を呼ばれて、肩がわずかに揺れる。
振り向かない。
日下部は、少し迷ってから続けた。
「今日……大丈夫だったか?」
“心配してる”声音だった。
でも、遅い。
(……大丈夫なわけ、ないだろ)
そう思うのに、口は動かない。
沈黙に耐えきれず、日下部が言葉を重ねる。
「無理ならさ……ちゃんと、距離取ったほうがいいと思う」
遥の指先が、靴箱の縁を掴む。
(……距離)
今日一日で、
これ以上ないほど“取らされた”。
「今、関わると……余計、標的になるだろ」
正論。
冷静。
そして、致命的。
(……ああ)
日下部は、分かっていない。
いや、分かろうとしていない。
“関わらない”は、
遥にとって生き延びる選択肢じゃない。
「俺も……」
日下部は一度、言葉を切る。
「俺も、できること考えるから」
“今は何もしない”という宣言。
遥の中で、何かが静かに落ちた。
(……考える間、俺は?)
今日も殴られた。
今日も「居なくなれ」と言われた。
それでも――
まだ耐える前提で話されている。
「……大丈夫だよ」
遥の口から、勝手に言葉が出た。
自分でも驚くほど、
穏やかな声だった。
「俺が、悪いだけだし」
日下部の眉が、わずかに動く。
「そういう言い方、するなよ。自分責めても、何も解決しない」
その瞬間、遥の中で何かが完全に閉じた。
(……解決)
生きていること自体が、
もう“問題”として扱われているのに。
「……そっか」
それ以上、言わない。
言えない。
日下部は、それを
“納得した”と勘違いした。
「無理すんな。ちゃんと、休めよ」
最後に、そう言って立ち去る。
――背中だけが、残る。
(……やさしいな)
皮肉じゃない。
本気で思う。
でも、その優しさは
「生き続ける前提」の上にしかない。
遥は、靴を履いた。
校門へ向かう。
夕焼けが、やけに綺麗だった。
(……俺が居なくなったら)
教室は、静かになる。
誰も困らない。
日下部も、楽になる。
その考えが、
初めて“救い”の形をする。
遠くで、誰かが笑っている。
校舎は、いつも通りだ。
(……もう、十分だ)
この時点では、
まだ“決めて”いない。
でも――
戻ってくる理由が、ひとつも残っていない。